翳踏み【完】
「な、ん」

「大切にしてやりたいのに、ぶっ壊したい」


自嘲する先輩が、私の頬を撫でた。涙の痕に優しく触れた。混乱して、意味がわからない。ただ、猛烈に悲しい。

震える指先が、私の顔を固定して、ゆっくりと先輩が近づく。キスしても良いかなんて聞かない。拒絶を恐れるようだった。触れる一瞬前に「こっち見ろよ」と囁かれる。

みてるよ、と告げる暇もなく、唇が重なった。


一方的にぶつけるみたいなのに、どこか優しい。壊したいというくせに、私の髪を撫でる指先が優しすぎるのだ。

泣きたくなる。

こんなふうに優しくして、甘やかして、まるで好きみたいに言うのに、この人は私のものになってくれない。すきだよと一言言いたいだけなのに、どうしてこんなにもうまく言えないのだろう。


ふいに先輩を抱きしめていた女の人の顔が過る。

どうしようもない罪悪感に押しつぶされそうになった。先輩はあの人が好きなのだろうか。だとしたら、こんなことは間違っている。間違っているけれど、やめたくない。伝えればいいのに、頭が混乱して、何も言えなくなる。

すきだ、好きだ。こんなふうにされてもやっぱり好きだ。

わるいひとみたいに呟くのに、本当は優しすぎるんだ。流れた涙に触れて、先輩が顔を離す。それだけでまたたまらない気持ちになった。
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