極上御曹司はかりそめ妻を縛りたい~契約を破ったら即離婚~
「母が亡くなったのは、私が三歳の時でした。
……って、知っていますよね、調べたんですから」

「そうだな、事故で亡くなったと聞いてる」

寝る、と言ったわりに、彼はそのままの姿勢で私の話を聞いている。

「休日、家族で近所の公園に行く途中の事故でした。
……でも私、覚えてないんです。
幼かったのもあるんですが、それだけショックだったみたいで」

「……つらかったな」

ううん、と首を振る。
記憶がない私よりも、もっとつらい思いをした人を知っているから。

「父とふたりきりになって少したったある日、私、父に言っちゃったんです。
パパじゃヤダ、ママがいい、って」

あの日のことは、いまでもはっきり思い出せる。
わがままを言うなと怒鳴るでもなく、ただ、私を抱き締めた父の手は震えていた。
きっと父は、必死に泣くのを我慢していたんだと思う。
私は好き勝手に泣き喚けばいい。
しかし父は最愛の人を失っても、私を抱えて泣いている暇などなかった。

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