可憐な花には毒がある
「こっち来ねーの?」
「いかないよ」
「なんで?」
「なんでって、」
わたしたちもう付き合ってないんだよ。
1年以上も前に別れてるのに。
時雨にそんなことは関係ないようで、ちょいちょいと手まねきされる。
薄っぺらいドアをはさんだ、教室と廊下。
「もーね」
言葉では誘ってくるくせに、境界線のように引かれたそこをむこうから越えてくることはなかった。
わたしから来るのを待ってるんだ。
誰が行くもんかってそのまま立ち去ろうとしたのに、足がまるで地面に張り付いたように動かない。
「おいで、萠音」
時雨のすこし掠れた低い声がひどくなつかしくて、鼻の奥がツンと痛くなる。
……話すだけ。
ちょっと話すだけだから、と。
それまでちっとも動かなかった足を持ちあげ、わたしはその境界線を越えてしまった。