大正蜜恋政略結婚【元号旦那様シリーズ大正編】
たしかに三谷家は火の車だが、借金を作ったのは私ではない。私は他人(ひと)に顔向けできなくなるような悪事に手を染めた覚えはないので、媚びへつらうつもりなどない。


帰っていく客に逆行するようにゆっくり一歩一歩足を進め、門の目の前までたどり着いたとき、正面から歩いてきた上質な三つ揃えに身を包んだ、二十代であろう若い紳士が、私の腕を突然つかんだ。


「待て」
「なにをする!」


叫んだのは私ではなく女衒だ。


「お前、吉原に入るのか?」


しかし切れ長の目で私を見つめる男は女衒には目もくれず、私に尋ねてくる。


「そうです。余計な憐みはいりません」


ここは男の楽園。そして、女の地獄。

それくらい、子爵家で育ってきた私とて知っている。


男は私の頭から足の先まで視線を移し、目にかかっていた長い艶やかな前髪をかき上げて、ふーっと溜息をつく。


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