愛の言霊
外は寒く僕達はコンクリートに守られて、「糸」をテーマに和歌を詠んだ。

片糸は 逢ふべき糸に 逢ひければ 世に幸せと 人は言ふやも

僕は二人の御縁を信じてそう詠んだ。
だが、

世に遺す 形見もなしに 長らひて 穢れた糸よ 絶えねば絶えね

彼女の傷は癒えていなかった。

僕と人生を共に生きるよりも、穢れてしまったと感じた彼女は死んでしまいたがっている事に僕は諦め、決意した。

『彼女と共に生きられないなら、彼女と共に死のう』

高校の時にいつか一緒に行こうと語り合っていた憧れの場所が思い起こされた。

銀山温泉で死のう、二人決めた。

雪纏い ガス燈灯る 銀山の 浪漫の宿で 君と最期を

冬の銀山温泉に到着した時僕がそう詠むと、

あの頃に 約束交わせし 夢の中 あなたと永遠(とわ)に な醒めたまひそ

遂に念願を叶えられるのだろうか、彼女はどこか恍惚としていた。

最後の旅情を愉しみ、二人で用意した睡るように安らかに死ぬことの出来る薬のカプセルを、互いの唇に妖しく指を触れ合わせ服ませる。

『君を束縛してすまなかった』

睡りにつきながら遠のく意識で別れを告げた。
彼女への薬をただの朧臥(まどろ)みのカプセルに変えておいたのだ。

僕があなたの代わりに死にました。僕の生を受け継いで僕の分まで生きてください。

そう、遺書を旅行かばんに残していた。

だが、日が昇り目が覚めて驚愕する。

死んでいないのだ。

『まさか!?』

薬を取り違え彼女を殺してしまったのかと慌てて生死を確かめる。

彼女は涙を流していた。

私も泣いた。

「愛してます」

僕の唇から言葉がこぼれた。

言霊の 雪が如くに 舞ひ散るは 泡沫(うたかた)とても 愛と謂ふやも

彼女は、そう僕に応え、僕は、

言霊は 櫻が如く 波の如(ごと) 紅葉(もみじ)が如く 雪の如くに

彼女への変わらぬ愛を誓った。

私達が共有した感覚は悠久の時の流れに比べると余りにも頼りなかったが、しかし二人が死までの時を穏やかに慰めあうには十分だった。
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