私が聖女?いいえ、悪役令嬢です!~生存ルート目指したらなぜか聖女になってしまいそうな件~
 慌てて左手をまくって確認する。左手の手の甲から肘に掛けて、醜い痘跡(あばた)が残っていた。土痘(どとう)という病の跡である。

 土痘は、この世界の伝染病だ。高い死亡率の上、生きのびても大きな傷跡を残すのだ。イリスは昨年の夏の終わりに土痘にかかり、一命はとりとめたがその傷が目立つ場所に残ってしまった。

 そのことから、部屋に籠りきりになっていたのだ。すでに冬も越えたのだが、家から外へ出たことはない。それを両親も咎めることはなかった。土痘に罹ってから腫物のように扱われている。

 貴族の令嬢にとって、見た目の良し悪しは大きな問題だった。社交界的な存在感が、圧倒的に不利になる。結婚後も、自身の身分もしくはそれ以上を望むなら、より美しくあらねばならない。

 しかも、土痘は伝染病ではあるが流行することは少なく、罹る人間は稀である。だからこそそんな病を得たものは、『バチ』が当たったとみなされる。土痘の痘痕は神から見放された印だと言われるため隠すのだ。

 間違いない、あのゲームのイリスだ。イリスはこの病気の跡をコンプレックスに思いながら生きている設定だったもの!

 先ほど見た悪夢は、乙女ゲーム『白い花が咲くころに』のエンディングの一つだ。その壮絶すぎる悪夢のせいで、イリスは前世を思い出してしまったのだ。

 享年二十八歳。前世のイリスはゲームが好きな、ちょっとオタク寄りだけど、普通で大らかなアラサー女子だった。友達が「大雑把と大らかは違う」と言っていたが、その辺は横に置こう。

 そのイリスを夢中にさせたのが、西洋魔法ファンタジーの世界観で展開される学園恋愛ゲーム『白い花が咲くころに』だ。聖なる乙女の魔力がつきかけている世界で、周りのイケメンの力を借りながら主人公が次の聖なる乙女を目指すというものだ。
< 3 / 9 >

この作品をシェア

pagetop