五年越しの、君にキス。
伊祥がトイレから戻ってくると、私に婚約者のことを教えてくれた友達は何事もなかったみたいに私から離れていった。
でも、初めて聞かされる事実にすっかり動揺した私は、そこから完全に口数が減ってしまった。
隣に戻ってきた伊祥が友達との会話の合間に何度も話しかけてきてくれたけれど、ほとんどうわの空で。どんな話をしていたのか全く覚えていない。
その飲み会のあとも伊祥の態度に代わりはなくて、彼の口から婚約者の話が出ることは一切なかった。
それどころか、「大学を卒業したら、俺と一緒に住まない?」という誘いを持ちかけられた。
それまでずっと伊祥の言葉だけを信じてそばにいたけれど、彼の友達の話を聞いて以来、伊祥が何を考えているのかよくわからなくなった。
親の決めた婚約者との将来があるのに、私と未来のない同棲をするの?それは期間限定の恋人ごっこ?
心の中に不安は募るばかりなのに、私に優しい眼差しを向けて触れてくる伊祥は、私を本当に愛してくれているみたいで。だから、真実を確かめるのが怖かった。
私が黙っていることでふたりの関係が保たれるなら、何も聞かないほうがいいような気がした。