五年越しの、君にキス。
そうして燻る不安を胸に抱えたままでいたあるとき、私は伊祥の電話での会話を聞いてしまった。
私がお風呂に入っている間に伊祥がベランダで話していた電話の相手は、たぶん彼のお父様だったのだと思う。
「だから、その婚約の話は断ってくれってずっと前から頼んでるだろ。美藤ホールディングスの利益のためなら、兄貴たちがもう充分に貢献してるじゃん」
いつもより少し興奮気味に話していた彼は、私がお風呂から上がっていたことに気が付いていなかった。
「──── わかったよ。そんなに言うなら、一度だけ会う。けど、絶対一度だけだからな。そっちこそ、約束守れよ。これ以上、俺に余計な見合い話なんか持ってくんな」
窓の陰に隠れて伊祥の声を聞きながら、彼の友達から聞いた話は本当だったのだと思った。
伊祥は付き合い始めた頃から変わらない笑顔で私に接してくれるけど、本来なら私は彼の隣にいられるような立場にない。
実親が他界して養女として親戚の家に引き取られた私は、美藤ホールディングスに何の利益ももたらせない。
学生のあいだはそばにいられたとしても、この先きっと伊祥の負担になる。
そのことに気付いてしまった私は、伊祥と離れる覚悟を決めた。
いつか彼の邪魔になるなら。切り捨てられることになるなら私から────……