余裕なきみにチェリーランド


「飽きないよ、見てるだけで最高にしあわせ!」

「春咲さんっておもしろいね」

「桃葉くんは今日も顔がいいですね!」

「うん今日も鬱陶しい」

「そういううざったそうな顔も好き!」

「……」


呆れた顔で私を見て、返事をせずに読んでいる本へと視線を戻す。そういう冷たいところもいい。

今日は太宰治の『女生徒』を読んでいるみたい。毎日違う本を読んでいるけれど、よく飽きないなあ。私は国語が苦手だから理解できないや。というか、数学も社会も苦手だけれど。


「桃葉くん、それ面白い?」

「うん、主人公のぶっとび加減が春咲さんに似てる」

「何それ、褒めてる?」

「さあ」


絶対馬鹿にしてる。私は頬を膨らませるけれど、これまた桃葉くんは無視して読書にふけるだけだ。

私もいそいそと画材道具を取り出して、絵を描く準備を始める。

美術部とは名ばかりで、私以外は全員幽霊部員。顧問の先生だって一週間に一度、顔を出したらいい方だ。私も真剣に絵を描いているわけじゃないけどね。あくまで趣味の延長戦だ。

桃葉くんがここへやってくるようになったのは、ちょうど3ヶ月前くらい。その時も、太宰治の本を片手にふらっとやってきたんだったな。かの有名な七原双子──しかも私の好みドストライクな顔面──が突然現れるものだから、夢じゃないかと疑ったほどだ。

あの日、固まったわたしの絵を覗き込んで、『いいね、きみの絵』と言ったそのときから。
わたしはずっと、七原桃葉くんに翻弄され続けている。


< 3 / 29 >

この作品をシェア

pagetop