余裕なきみにチェリーランド
「飽きないよ、見てるだけで最高にしあわせ!」
「春咲さんっておもしろいね」
「桃葉くんは今日も顔がいいですね!」
「うん今日も鬱陶しい」
「そういううざったそうな顔も好き!」
「……」
呆れた顔で私を見て、返事をせずに読んでいる本へと視線を戻す。そういう冷たいところもいい。
今日は太宰治の『女生徒』を読んでいるみたい。毎日違う本を読んでいるけれど、よく飽きないなあ。私は国語が苦手だから理解できないや。というか、数学も社会も苦手だけれど。
「桃葉くん、それ面白い?」
「うん、主人公のぶっとび加減が春咲さんに似てる」
「何それ、褒めてる?」
「さあ」
絶対馬鹿にしてる。私は頬を膨らませるけれど、これまた桃葉くんは無視して読書にふけるだけだ。
私もいそいそと画材道具を取り出して、絵を描く準備を始める。
美術部とは名ばかりで、私以外は全員幽霊部員。顧問の先生だって一週間に一度、顔を出したらいい方だ。私も真剣に絵を描いているわけじゃないけどね。あくまで趣味の延長戦だ。
桃葉くんがここへやってくるようになったのは、ちょうど3ヶ月前くらい。その時も、太宰治の本を片手にふらっとやってきたんだったな。かの有名な七原双子──しかも私の好みドストライクな顔面──が突然現れるものだから、夢じゃないかと疑ったほどだ。
あの日、固まったわたしの絵を覗き込んで、『いいね、きみの絵』と言ったそのときから。
わたしはずっと、七原桃葉くんに翻弄され続けている。