余裕なきみにチェリーランド
「桃葉くーん、今日もモデルにさせてもらうからねー」
桃葉くんが読書にのめり込んでいるとき、大抵返事はない。それはそれで好都合だ。
わたしは真っ白なスケッチブックにペンを走らせていく。
綺麗な横顔。芸能人にいたってきっと大差ない。さらさらの黒髪にきめの細かい白い肌。鼻は高くて睫は長い。二重の延長が綺麗で瞳が透き通っている。耳の形は少しだけ尖っていて、左耳の下に小さなほくろがひとつある。そのほくろ、きっと桃葉くんは知らないんだろうなあ。
七原 桃葉くん。彼について知っていることは殆どない。だけど、彼の造形だけは、きっと誰より、桃葉くんより、知っている。
だって私は、桃葉くんの顔ファンであり、彼をモデルとして何十枚と絵を描き続けている絵描きなのだ。
「……ジロジロ見すぎ」
「あ、意識戻った?」
「意識戻った、って何」
「桃葉くん、本読んでるときは意識がそっちに乗り移ってるでしょ」
「……」
「それにしても、今日もほんとーうに顔がいい、顔がいいよ桃葉くん!」
モデルとしては最高だ。何枚描いても描き飽きない。うつくしさがこの世界の中で群を抜いてる。少なくとも私の中では。まあ、強いて言うなら、もう少し笑ってくれてもいいんだけどね。