きみにしかかけない魔法
ゆっくりと頷いて、ラストがまだ決まっていない原稿をさっと整える。
震える手でそれを手渡すと、水羽くんが「ありがとう」と屈託のない笑顔をつくった。
───『下ばっかり向いてるのが暗いだなんて、誰が決めたの?』
下ばっかり向いていたらいいことがないって、そんな風に思っていたけど。
下を向いた先に、私の大好きな漫画の世界があって、そんな世界を見たいって、水羽くんが惹かれてくれた。
水羽くんの周りの友だちのこと、水羽くんが見ている世界のこと、ほんの少しだけ、知ることができた。
「紫奈、これ」
私の原稿を読んでいた水羽くんがふと顔を上げる。
最後まで読んだのかな。ラストにかけて、主人公が気持ちを打ち明けようとするシーンで終わっているはず。
水羽くんは、この物語のヒーローが自分だって、気づいたかな。
「水羽くん、わたし、わたしね……」
「紫奈、これ、魔法みたいだ」
「え、」
「───紫奈にしか描けない魔法、」
あ、伝わった。伝わってる。
ぐっと唇を結ぶと、同時に目頭が熱くなった。私の、溢れてしまいそうな想い、きっと水羽くんに全部伝わってる。
水羽くん、────七原水羽くん。
「すき、です、」
「え、」
「水羽くんのことが、すき、」