きみにしかかけない魔法


ゆっくりと頷いて、ラストがまだ決まっていない原稿をさっと整える。

震える手でそれを手渡すと、水羽くんが「ありがとう」と屈託のない笑顔をつくった。



───『下ばっかり向いてるのが暗いだなんて、誰が決めたの?』



下ばっかり向いていたらいいことがないって、そんな風に思っていたけど。



下を向いた先に、私の大好きな漫画の世界があって、そんな世界を見たいって、水羽くんが惹かれてくれた。

水羽くんの周りの友だちのこと、水羽くんが見ている世界のこと、ほんの少しだけ、知ることができた。



「紫奈、これ」



私の原稿を読んでいた水羽くんがふと顔を上げる。

最後まで読んだのかな。ラストにかけて、主人公が気持ちを打ち明けようとするシーンで終わっているはず。

水羽くんは、この物語のヒーローが自分だって、気づいたかな。



「水羽くん、わたし、わたしね……」

「紫奈、これ、魔法みたいだ」

「え、」

「───紫奈にしか描けない魔法、」



あ、伝わった。伝わってる。


ぐっと唇を結ぶと、同時に目頭が熱くなった。私の、溢れてしまいそうな想い、きっと水羽くんに全部伝わってる。


水羽くん、────七原水羽くん。



「すき、です、」

「え、」

「水羽くんのことが、すき、」




< 27 / 30 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop