きみにしかかけない魔法
「あの、若月でいいよ」
若月 紫奈、それが私の名前。
下の名前で呼ばれるのはなんだか落ち着かないから、そう提案したのに。
「でも、紫奈でしょ?」
「ええ、うん……そう、だけど」
「じゃあ紫奈、ね」
にこにこ、七原くんの笑顔を前に、首を横にはふれなかった。
でも、紫奈って呼ばれるたび、心がざわざわする。やっぱり落ち着かない。
「中庭はよく来るの?」
「うん、お気に入りの場所なの」
「へーえ、漫画を描きに?」
「っ、なぜそれを……っ!」
目を見開いた私を見て、七原くんはくすくすと笑って、指差した。
私が抱えている、紙の束。
「さっき拾った時に見ちゃった」
「なるほど……」
趣味で漫画を描いていること。
別に隠しているわけじゃないけれど、誰も知らないと思う。
教室でもよく机とにらめっこをしているのは、四六時中ストーリーを考えては描いて、考えては描いて、としているからだ。
昔から漫画が大好きなんだ。
読むのも描くのも。
「ちらっとしか見えなかったけど、すげー綺麗だったな」
「うそ」
「うそじゃないよ、なんかキラキラしてたもん」
描いたものを誰かに褒めてもらったことなんてないから、ドギマギする。