きみにしかかけない魔法


「あの、若月でいいよ」



若月 紫奈(わかつき しいな)、それが私の名前。

下の名前で呼ばれるのはなんだか落ち着かないから、そう提案したのに。



「でも、紫奈でしょ?」

「ええ、うん……そう、だけど」

「じゃあ紫奈、ね」



にこにこ、七原くんの笑顔を前に、首を横にはふれなかった。


でも、紫奈って呼ばれるたび、心がざわざわする。やっぱり落ち着かない。




「中庭はよく来るの?」

「うん、お気に入りの場所なの」

「へーえ、漫画を描きに?」

「っ、なぜそれを……っ!」



目を見開いた私を見て、七原くんはくすくすと笑って、指差した。


私が抱えている、紙の束。




「さっき拾った時に見ちゃった」

「なるほど……」




趣味で漫画を描いていること。

別に隠しているわけじゃないけれど、誰も知らないと思う。



教室でもよく机とにらめっこをしているのは、四六時中ストーリーを考えては描いて、考えては描いて、としているからだ。



昔から漫画が大好きなんだ。
読むのも描くのも。




「ちらっとしか見えなかったけど、すげー綺麗だったな」

「うそ」

「うそじゃないよ、なんかキラキラしてたもん」




描いたものを誰かに褒めてもらったことなんてないから、ドギマギする。




< 6 / 30 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop