キミだけのヒーロー
夏雲
あちぃ……。

とりあえず下敷きをうちわ代わりにしてパタパタと扇いでみるものの、熱風が顔にあたるだけで、かなり虚しい。

じっとりと額に張り付く汗はひきそうもない。

窓からは煩い蝉の声が響いて、余計にイラつかせる。


なんとも不快指数の高い本日5限目は、シィの担任であるエッちゃんの古典の授業だ。

さっきからオレの隣のやつが、しどろもどろに源氏物語を訳している。


「えー……。『ついに、車は追い立てられて人ごみの奥に押しやられて、物が見えなくなりました』――えー……『どうして来てしまったのかとくやしく思った』……」


今ちょうど授業でやっているのは、源氏物語の“葵”の章の車争いのシーンだ。

賀茂の祭で、かの光源氏の晴れ姿を一目見ようと大勢の見物人が集まる。
その見物場所を源氏の妻と愛人が争い、結果的に妻がその座を強引に奪って、愛人は隅に追い立てられてしまう――そんな話……だと思う。


「この車争いがきっかけで、六条の御息所(愛人)は、葵の上(妻)に恨みを募らせていきます」


エッちゃんが教科書には載っていない部分の補足説明を始めた。


「そして、とうとう抑圧された心は無意識のうちに生霊となり、六条の御息所は葵の上にとり憑いて命を奪ってしまいます」


「女ってこえー」


タイミング良く入った誰かのつっこみに、クラス中が笑った。
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