シャルル・バーンズは男がお嫌い
初恋相手は誰?
「ふぅーはぁー、ふぅーはぁー……流石に緊張してきたな」
子爵家という家柄にしては質素な装飾が施された玄関の前で、バーンズ家長女のシャルルは大きな深呼吸をした。
彼女は今日、憧れであり念願のクリーア学園へと入学する。
クリーア学園はこのセリアス王国でも珍しい、貴族と平民も両方が入学可能な学園であり、平等を謳うこの学園では、地位による優遇は無く、分け隔てなく評価される。
「大丈夫だ私、別に恐ることなどなにもない……おじいさまにいつも言われている通り、常に平常心を保つのだ」
目蓋を閉じればその黒曜石のような純黒の瞳が隠れ、右手で己の心臓の上に触れ、日の光が差し込むガラス張りの天井を仰げば、馬の尻尾を象った黄金の髪が揺れる。
シャルルはその比較的短い髪や鋭く真っ直ぐな目から、中性的な美男子のようであり、女子生徒用の制服を着ていなかったらおそらく多くの人間が勘違いするだろう容姿をしていた。
それもそのはず、シャルルはわざとそのように見える振る舞いや格好を心がけており、彼女は刺繍などの女性的な趣味ではなく、実に六歳のときから祖父に剣術を教えてもらっていた。
彼女が何故、そこまでするのか……それは語れば長くなり、様々な要因があるのだが、一言で言うならばーー
彼女、シャルル・バーンズは男がお嫌いである、
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がたんっがたんっと揺れる、素朴ながらも丈夫で、趣のある場所が道をゆっくりと走っていた。
扉の横にあるのは一つの紋章。槍と一羽の鷹が描かれた、バーンズ家の紋章である。
そして、その馬車の中では、二人の男女がお互い向き合って座っていた。
「姉さん、緊張してないの?」
「何を言うのアレフ。今の私を見てわからないのか?」
アレフと呼ばれた少年が気安く『姉さん』と呼んだ少女にそう問いかけると、少女はその金色のポニーテールを揺らしながら自身ありげに言葉を返す。
「流石だよ姉さん、僕はもう昨日寝れないくらい緊張して「安心しろ、私も眠れなかった」……じゃあなんでそんな自信満々に答えたのさ」
アレフは目の前の少女をジト目で見つめると、少女はまるでその視線を感じていないかのように窓の外を眺めた。
「それとアレフ、私とあなたは私の方が少し早く産まれただけの双子なのだぞ?だから律儀に姉さんだなんて言わないで、私みたいに呼び捨てにしてくれて構わないさ」
「……わかったよ、シャルル」
少女、シャルル・バーンズは弟の答えを聞くと満足したかのように笑みを浮かべると、再び窓の外側を眺め、これから過ごす学園での生活に想いを馳せる。
「……姉さーーシャルル、今更なんだけど、大丈夫なの?」
「ん?何がだ?」
「いや……シャルルは男が嫌いでしょ?女子生徒だけの学園も遠くに行けばあるし、わざわざクリーア学園を選ばなくてもよかったのになって」
そう、アレフは家族なのでシャルルは抵抗感や嫌悪感といったものは感じないが、本来シャルルは大の男嫌いであり、男女混合のクリーア学園などシャルルにとっては地獄も同然である。
「私も最初はそうしようと思っていたさ。しかし恋というのは厄介なものなんだよ」
「っ!?こ、恋!?姉さんが!?」
「そう、あれは三年前の雪の降っていた日だった……おじいさまの家から久々にこちらに帰ってきたとき、白の世界に佇み、あの宝石のような黒髪を持つあの子が私の目を奪ったんだ」
「……あの、その人ってもしかして……女の、人?」
「当たり前だ。私がどこの誰かも知らない男を好きになるとでも?」
シャルルは何故か誇らしげに胸を張ると、その一目惚れの相手を思い出すかのように目蓋を閉じた。
「だよね……そっか、シャルルの一目惚れの相手もクリーア学園に入学するんだね。ていうかよく聞けたね、僕はいきなり初対面の相手に話しかけられないなぁ」
「うん?私がいつ話しかけたって言ったんだ?盗み聞きしたに決まってるだろう」
「……え?」
「その子は母親らしき人物と話していてな、将来はクリーア学園に入学したいと熱く語っていたさ。見たところ私と同じ程度の年齢だったし、同級生という可能歳もあるな。本当、おじいさまに気配を消す訓練を受けていてよかった」
「……おじいさま、ごめんなさい」
アレフは厳格で優しい祖父の顔を頭に浮かべながら、己の姉の代わりに心の底から謝罪をしていた。
「おいアレフ、見えてきたぞ!」
「うん……楽しみだね」
アレフは窓の外を指差すシャルルを視界に入れながら、これからの学園生活に対する期待や不安、そして何よりこのどこか抜けてる姉がちゃんとやっていけるかが心配でならなかった。
……アレフのその杞憂が現実となるのは、そう遠くない未来である。