明日が見えたなら  山吹色


 瑛と居酒屋へ入ると程なく拓馬も入ってきた。

 先ずは「「お疲れ様」」と乾杯するが、何故か拓馬はグラスを持ったまま不審そうにオレを見ている。

「彰汰、ホントお前大丈夫か?」拓馬が聞いてくる。

「大丈夫じゃないから相談に乗って欲しいんだ」

「そうか、どんななんだ?」まるで分かっているように拓馬が真剣な声で言う。

「瑛には少し話したが拓馬は知らないから最初から話すよ」

 同窓会があり和田と再会したこと。

 パソコンの相談を受けケータイで遣り取りしたこと。

 一緒にパソコン売り場へ行ったが閉店時間になり、買えないまま一緒に食事したこと。

 瑛と同期で飲んだ後、偶然酔った和田を見かけ和田の最寄り駅まで送り、タクシーに乗せたこと。
 
 休日の午後にパソコンを買いに付き合い、そこで会社の後輩の中野に会ったこと。

 七海が夕食を作るからと約束していたのに、そのままパソコンを設置しに和田の自宅へ行き、手料理のカレーライスを食べて帰宅して七海に知られた事。
 
 朝、お礼にとお弁当を渡され、後輩の渡辺に食べてもらい、女の罠に気を付けるよう注意され指輪を外していたのを指摘されたこと。

 指輪は七海とドライブへ行った時に温泉で外して、つけ忘れていたこと。

 和田からまた会おうとケータイに連絡がくること。
 
「オレさ、いつの間にか踏み外していたのかな」
 
 話しが一息ついたところで瑛がビールを追加する。オレも頼もうとしたが拓馬に何故か止められウーロン茶にする。

「なぁ、彰汰の相談って七海ちゃんの事では無くその女のことなのか?」

 今日の拓馬は機嫌が悪いらしい。口調が素っ気ない。

「ああ、オレはパソコンの相談に乗っただけなんだ!だけど結果的には七海に誤解されているかも……」

「おっ前、そんな事になっていたのか… こんな時に。だからか、綾乃が言ってたが七海ちゃん痩せたそうだな」
 
「中野の話しだと結構香水の香りがキツイ人らしいな……部屋まで行けば香りも移るだろ」

 今まで黙っていた瑛が言う。

「酔った人を介抱すれば、それだって移るだろ」

 援護射撃だ。

「………」オレは何も言えなくなる。

「なぁ、今『こんな時』って言ったか?『七海痩せた』って、何か知ってるのか?」

「彰汰、話す前に飯を食べよう、おにぎりでいいか?」

 オレの質問をはぐらかして拓馬が突然注文した。

「それでその女の事はどうするんだ」

「『二人では会えないからみんなと一緒のときに』って伝えたら『みんな集まるから金曜日空けといて』って連絡が来た『行けない』って断ったんだがしつこくて」

「はっきり断れよ!」
 
「『パソコンの相談に乗っただけだからもう会わない 連絡もしないでくれ』ぐらい言えよ」

「オレの勘違いで何の好意もなかったらひどい言い方にならないか?」

「彰汰さぁ『ひどい』って何!奥さんいる人に相談して二人で食事して買い物して家にまで呼ぶか?一番傷ついているのは七海ちゃんだろ!彰汰が守るのは誰なんだよ」

「確信犯だろ!結婚してること知っているんだろ!」

「同窓会で言ったけど、その後は指輪を外していたから誤解されてるかわからない」

「ホント彰汰は恋愛下手で鈍感だな、オレの言った通りだろ!彰汰が一番危ないって!」

「脇が甘いな」拓馬もチクリと言う。

「オレなら桜が大事だから断るか、他のひとも一緒に行ってもらうな」

「綾乃だったら家を追い出されそうだ 七海ちゃんは違うだろ?一人で抱え込みそうだ」

「そういえば、七海が病院行った夜にオレのケータイ着信があったんだ、その音に物凄く反応して取り乱してた」

「それってこの週末の話か?」

 拓馬が確認してくる。

「そうだよ、断りの返事をしたらまた直ぐに返信が来て七海の事を考えて直ぐに電源を切ったんだ」

「マジか…彰汰、一人でその女に断れるか?」拓馬が聞いてくる。

「出来るとしても、悪いが信用出来ない。なぁ瑛?」

「そうだな、また一人で泥沼に嵌りそうだ」ビールを煽りながら言う。

「今断れよ。それともオレが断ろうか?」

「今断るよ、何て送ったらいいかな」ケータイを取り出して操作する。

「さっきのでいいだろ『パソコンの相談に乗っただけなのでこれ以上は関わり合えません。連絡もしないで下さい』」

 『こんばんは 金曜日は行きません パソコンの相談に乗っただけなのでこれ以上関わり合えません 連絡もしないで下さい』送信した。

『こんばんは なんで?別にいいじゃん 食事するくらい また一緒に食べに行こうよ!』

 すぐ返信が来た。二人に見せる。

『彰汰の親友だが、あなたは彰汰の奥さんが慰謝料請求しても支払う気はあるのですか?』

 瑛がオレのケータイを奪い勝手に送信する。

『慰謝料ってそんな関係ではありません 誤解されると困るのでもう連絡しません』

 文面から開放された事を読み取る。

「二人ともありがとう」

「彰汰の為じゃない、七海ちゃんの為だ」

 タイミング良くおにぎりが6個届いた。

「ほらっ食べろよ」また拓馬が勧めてくる。

 つまみばかりだったからちょうど良い。2個食べたが、まだ勧めるからもう1個食べた。瑛も2個食べた。

「彰汰、お腹いっぱいになったか?この後はきっと食べれないぞ」

「なんだよ、どんな話しなんだ?」

 どうしたんだ?瑛と顔を見合わせる。

「彰汰、聞きたいことがある。七海ちゃんがなんで病院へ行ったか知ってるか?」

「知ってるよ、子宮内膜症だろ?」

「それ七海ちゃんが言ったのか?」

「言った?言ってないな。オレが聞いたら『うん』と答えたんだ」

 オレはウーロン茶を口にする。
何故か拓馬はそんなオレをじっと見つめる。

「これから話すことはオレからでいいのかわからないが、誰かが彰汰に言わなければいけないと思うから話すぞ」

 拓馬も気合を入れるようにウーロン茶を一口飲んだ。

「七海ちゃん…流産したんだ」

「はっ!? なんだよ!そんな笑えない冗談言うなよ」

「そうだよ!縁起でもない」瑛も言う。

「本当だよ、七海ちゃんから会社に連絡があった時オレちょうどその場に居たんだ。だから知ってる。一週間休みを取ったよな」

「嘘だろ…」一瞬固まってしまった。

「だから今日、俺が彰汰に連絡したんだ」

「妊娠だなんて聞いてないぞ!」

「言えなかったんじゃないか?」

 今日の拓馬からの電話の違和感
 母さんの七海への異常な気遣い
 七海が『ごめんね』泣いた意味

 ひとつひとつパズルのピースが埋まるように違和感が当てはまる。自分の不甲斐なさに泣けてくる。

「『病院に付き添いが必要だ』とオレに行ってほしかったのに、オレは母さんに頼んだんだ」

「仕方ないよ、知らなかったし仕事だろ」瑛が慰めてくれる。

「同期で飲んで酔った和田を送った日の昼に七海から珍しく連絡が来たんだ
『早く帰って来れる?』って なのにオレは『飲んで帰る』と七海に理由も尋ねなかった。
 帰宅時間も遅かったのに待っていてくれて抱き着いて来たんだ。でも次の瞬間には身を翻して寝室へ入って行った。冷蔵庫にはプリンアラモードが2個入ってた。
 オレ食べていないんだよな、あの日に妊娠が判ったのかも知れない……
 オレ一緒に喜ぶことも出来なかった。 一昨日七海と食べようとプリンアラモード買って帰ったんだ。そしたら大泣きされた」最近の七海の行動を思い出す。

「七海が『ごめんなさい』って言うんだよ…何回も『ごめんなさい』って泣くんだ」

「理由は教えてくれなかったけど、オレが支えないといけなかったのに、七海は『ごめんなさい』って…」

「オレ、何していたんだろう。夫婦でわかり敢えていないといけなかったのに、パソコンの相談に乗ったりして、七海の信用失ってた」

 拓馬と瑛はオレの懺悔を遮ることなく静かに聞いていた。

「七海!七海のところへ行かなきゃ!」

 立ち上がろうとするオレを二人が止める。

「おい、待てよ冷静になるんだ」

「七海ちゃんは実家なんだろ?今からは無理だ。アルコール飲んでいるから運転は出来ないしな」

「会社だって休まないといけないだろ?」

「そうだな、七海には直接会って謝りたい。明日出勤して仕事の段取り出来たら休みを申請するよ」

「七海ちゃんを支えてやれよ」

「拓馬ありがとうな、アルコール1杯だけでよかったよ」

「瑛もありがとう。オレ帰って準備するよ」

 ケータイに七海から連絡があった。

《彰くん お疲れ様 もう寝るね 今日は1日中のんびりしてたよ お休みなさい》
 
 何でもない振りするなよ…

《七海 早く会いたいよ おやすみ》
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