明日が見えたなら  山吹色
雲の切れ間
彰汰Side
 
 翌朝は早く出社して仕事を始めた。課長が出社すると直ぐに事情を説明し休みの申請をする。早退も促されたが今日は働く事にした。

 定時で帰る。瑛と拓馬にはケータイでこれから七海の実家へ行くことを伝える。

 急いで帰宅した。遅くなると迷惑をかけるのでお義父さんに今から訪問する事を連絡し、七海には伝えないで欲しい事もお願いした。

 22時頃に七海の実家に着いた。待ってくれていたのかブザーを鳴らす前にお義父さんが玄関を開けてくれた。

「こんばんは、遅い時間にすみません。 この度は自分の不甲斐なさから七海に辛い想いをさせてしまいました。すみませんでした」深く頭を下げる。

「よく来たね、君のせいではないよ。誰にでもあり得ることだ。入りなさい」

 その言葉から流産の事を知っているのだと理解する。

「お邪魔します」

「いらっしゃい、ご飯は食べたの?」

「こんばんは。車の中で食べました」

「お布団は和室に用意してあるから運んでね、お風呂も入れるから、七海は2階の部屋にいるわ、きっと気付いていないから行ってあげて、おやすみなさいね」

「ありがとうございます。おやすみなさい」と頭下げた。

 七海からは30分程前に《おやすみ》の連絡があった。

 七海の部屋へそっと入る。案の定寝ている七海の寝顔を見入る。いろんな感情が湧いてくるが先ずは風呂を頂いて寝る準備をしてからだな。

 風呂はカラスの行水で素早く済ませ布団を七海の部屋へ運ぶ。

 布団を敷くがやはり七海の隣がいい。
 ベッドに入ると七海がすり寄ってきた、そのまま胸に抱き寄せる。

「あったかい……大好き」

 起きたのか?と思えばそうではなく、夢うつつらしい。

「オレも好きだよ、愛してる」と額にキスをした。

「うっんっ…、彰くん」

「何?」

「彰くん…………えっなんで…本当に…」

 寝ぼけ(まなこ)で驚いている。

「本当にオレだよ」

 起こすつもりは無かったが、七海と話せて嬉しく思う。内心では早く二人の間にある問題を片付け謝りたかった。     
 
 七海一人に背負わせたく無かった。

「七海?オレに言う事はないか?ちゃんと話そう」

 ビクッとしたのが伝わってきた。

「…ねぇ彰くん離して、話すから起き上がろう」

 ベッドから起き上がり二人で向き合って座る。

「彰くん、私と離婚してください」

「えっ」

 真剣な顔つきで言う七海から発せられた言葉はオレの想定外だった。

「彰くんにとって私って何?」

「何って大事な人に決まってるだろ」

「大事でも優先順位低いよね?

1にケータイ 2に誰か 3・4がなくて 5に私 でしょう?」

「そんな事ないだろう!」

「そんな事あるよ」

「ないよ!それに……誰かって誰だよ!」

「カレーライスの人よ!いつも匂いをプンプンさせてるじゃない!ケータイでだって楽しそうにしてるじゃない!私より優先させてるじゃない」

「違う…違うんだ!」

 オレは首を振り全否定するも 興奮し泣き出した七海には通じない。匂いで誰のことかわかった。やはり七海は誤解して不安になっていたんだ。

「それは前に話しただろう『パソコンの相談をされた』って、それだけだよ!オレにはなんの感情もない」

「なんの感情もないのにあんなに移り香がするもの?あんなに遅く帰って来て!あの日私がどんな気持ちで待ってたと思っているのよ!
 それだけじゃない!私との約束まで破ってご飯も食べて来たよね? 
 どこが優先されてると思えるのよ……愛妻弁当だって作ってもらっているんでしょ!妻は私だけでは無かったの?」

「七海!妻は七海だけだ!誓って言う。浮気なんてしてない!」

 七海に触れようとしたが、手を払われてしまった。

「あの日っていつだ?」

「私が早く帰って来るかケータイで聞いたでしょ!赤ちゃんが出来て嬉しかったのに……一緒にお祝いしたかったのに…もう……」

「赤ちゃん……」オレは呟いた。

 今までとは重さが違う言葉。

「ここにいたの。ここにいたのに私のせいで居なくなっちゃった」

 拓馬から聞いていてもこれ程は現実味が無かった。七海から言われて身体が凍りつく。

 七海を抱きしめた。

「七海のせいじゃない!七海のせいじゃなくて、オレのせいだ!オレが不安にさせたから。オレも祝ってやりたかった、別れる時も一緒に居れなくてごめんな」

 オレも泣けてくる。二人で泣いた。どのくらい経ったのだろ。二人が落ち着いて来たころまた七海か話し出す。先程とは違った淡々とした口調だ。

「私のせいでいいの………だから離婚して」

「『だから離婚』っておかしいだろ」

「おかしくない、私と別れれば身軽になれるんだよ?好きな人と一緒になればいいじゃない」
 
「オレの好きな人は七海だけだって言ってるだろう!」

「言ってないよ」

「えっ?」

「最近言われた記憶ない」

「オレは七海が好きだ、愛してるのも一緒にいたいのも七海だけだ」

「信じられない」

「七海聞いてくれ、同窓会で会った和田ってヤツに本当にパソコンの購入で相談された。安易に関わって七海に誤解させて…辛い想いをさせて悪かった。ごめん。

 和田とは本当に何も無いんだ。弁当は相談にのったお礼に無理やり渡されたが会社の後輩に食べてもらった。

 その時に後輩に結婚指輪をしていないのを指摘されて、七海と行った温泉で外していた事を忘れていて、その日帰宅して直ぐに付けた。わざと外していた訳じゃないんだ。 
 
 遅く帰った日は瑛たちと飲んだ。だが別れてから駅で泥酔した和田を見かけて和田の最寄り駅まで送ってタクシーに乗せて帰らせた。これからは関わらないし連絡もしないよう断った。

 軽卒なことして本当にごめん」


 深く頭を下げて謝った。七海は無言のままだ。


「離婚なんて言わないでくれ!」

「私だって本当は離婚したくないよ、でも自信なくなっちゃった… 
 私は会社から帰って食事の支度するけど、彰くんは気にしないよね?連絡もせずに平気で飲んでくるよね?私の存在忘れてるってことでしょう?」

「これからはきちんと連絡するよ!」

「始めはセフレ、次に恋人、そして妻 かと思ったら家政婦だった。それとセフレか… 最初に戻っちゃったね」

「オレそんなに七海に愛情表現していなかったのか?伝わっていなかった?」

「うん、それとね正直に言うと、彰くんのケータイの着信音に耐えられそうに無いの…ごめんね…我儘で」

 辛そうな目で言う。

「そんなの着信音変えれば解決するだろ? オレ七海に甘えてた。あぐらをかいてた。これからは愛情表現もする。大事にする。だからオレといてくれ」

「彰くんは私にとって近くて遠い人だった。ずっと一緒にいたはずなのに言いたいことも言えなくて……これから何十年も月日が過ぎるのに、そんな関係の夫婦は駄目だよね…きっと赤ちゃんも不安になったのかな」
 
「七海、そんな事言うなよ。」

「私ね、彰くん程自分をさらけ出せる人なんていなかった。自分がありのままで居られるのはきっと彰くんだけだと思う。でもね、このままだと不安だよ。どうしたら一緒にいられるのか、私にもわからないの」

「七海が話したかった事オレに話して。何でもいい、七海がオレに言おうとしていた事教えて欲しい。お願いだから話して」  

 オレは手を差し出すが、七海は戸惑っているようだったから、無理に手を取る。弾みでオレが抱え込むように寄り添った。

「七海?赤ちゃん一緒に迎えてやれなくてごめんな、辛い想いも一人で背負わせてごめん」

「彰くん、浮気してない?」

「してない!絶対無いから。七海以外は欲しくない。オレの行動が誤解されても仕方ないかも知れない、ごめん」

「彰くんと同じ行動、私がしてたらどう思う?」

 七海が誰がと買い物へ行き、誰かと食事する。答えは簡単だった。

「……嫌だな……ごめん」

「私の中にね、信じてる自分と疑っている自分がいたの。でも疑っている自分に負けちゃった。彰くんに不安な気持ち伝えてれば違ったかな? 同窓会の後から楽しそうにケータイを見てる回数が増えて、女のひとの匂いをつけて帰宅して来て不安だったの」

「ずっと不安だったのか?」

 そんな長い間、苦しめていた?

「うん…食欲も落ちてて綾乃に会った時に妊娠の検査を勧められたんだ、それで市販の検査したら陽性だった。だから、病院へ行ってきちんと判断されたら彰くんに言おうと思った。会社早退して病院へ行ったの『妊娠してます』って言われたの、凄く嬉しかった。だから彰くんとお祝いしたくて電話したんだ、無理だったけどね…でも飲んでもデザートならいいかな?と思ってプリンアラモード買ったの。あの日も匂いがしてた。だから伝えれなかったの。それとねホントは先生から言われてたの『心臓が確認出来ないから、早く確認出来るといいですね』って、次に診察した時も確認出来なくて、翌日会社で出血しちゃって…ウッ…病院へ行ったら『流産だって』……」

 やっと話してくれた。

 号泣する七海を強く抱き締める。そんな辛い想いを一人で抱えていたのか……


「七海ごめんな、赤ちゃんもごめんな。オレが頼りないから。七海、これからは何でもオレに言って!一人で抱え込むなよ。祝ってやれなくて悔しいよ、病院にだってオレが付いていたかった。後悔しても遅いけど辛い七海の側にいたかったよ」

「彰くん…」

「明日、こっちのお墓参り行こうか?それからオレの方のお墓参りにも行って
『オレたちの赤ちゃんをお願いします』って頼んでおこう」

「うん、そうだね」

 オレの軽卒な行動でこんなに七海を苦しめていたなんて、夫として、父親としてオレは何をしていたんだ。何もしていないじゃないか。七海が辛い想いしていても気付かずにオレは!

「七海、オレも話すようにするから、七海も話してくれ。些細な事でも不安な事でもいい、オレ言われないと気付かないし、オレたち夫婦だろ?一人で抱えないでオレにも分けてくれ、約束して」

「約束する、話すように頑張るね」

「あぁ」

「こうやって夫婦になるのかな?」

「そうだな。これからも二人で乗り越えような」

「七海の身体は大丈夫なのか?」

「うん、私は大丈夫。ねぇ彰くん、赤ちゃん来年の4月生まれる予定だったの」

「そうか」‘’4月………‘’

「まだ泣くの許してね…」

 オレの腕の中で涙を流す七海の頭を
‘’ポンポン‘’として背中を擦る。暫くすると泣き疲れて寝てしまったようだ。ベッドに寝かせオレも隣に寄り添った。狭いベッドがちょうど良かった。

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