あなたの左手、 私の右手。
そこには真っ赤な血にシャツを染めた社長と、担架の上で意識がなく真っ白な顔をしている社長の奥さんが見えた。

一気に体が動けなくなる。

息が止まったように呼吸ができない。

黒谷先輩は一瞬動揺したものの、すぐに社長に近づき早口に状況を報告してから、フロアにあった自分のジャケットを社長の肩にかけた。

お客様の目に、今の社長の姿を見せられないと思ったのだろう。
自分のジャケットを社長にかけてせめてもの目隠しになるようにと。

そこまで考えられる先輩はやっぱりすごいと私は思った。

「黒谷、頼んだぞ。」
社長の言葉に先輩は「はい」と凛々しく返事をする。
これは建て前の言葉ではない。
お互いの信頼関係のもとに交わされる約束のような気がした。
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