翠玉の監察医 癒えない時間

一 蘭の家族

世界法医学研究所の監察医、神楽蘭（かぐららん）は無表情のまま車を所長の紺野碧子（こんのあおこ）が待つ家へと走らせていた。チラリとバックミラーを見れば、研修で研究所に来ている探偵の深森圭介（ふかもりけいすけ）の運転するハスラーがついてきている。

信号が赤になり、蘭はブレーキを踏む。そして車が止まってから胸元につけられたエメラルドのブローチに触れた。

これから、蘭は圭介に自分の過去を話すのだ。一緒に仕事をしているゼルダ・ゾルヴィッグやマルティン・スカルスガルドも知らないことだ。その過去は簡単に口にできるほど軽いものではない。まるで底無し沼のように暗く重いものだ。

何故、自分が一番話したくないことを言おうと思ったのか蘭にもわからない。しかし、過去を知りたがる圭介に教えたいと思ったのだ。

「ここが碧子先生の家です。私はここで居候をさせてもらっています」

数分車を走らせ、二階建ての一軒家の駐車場に蘭は車を停める。圭介も車を停め、「ここに神楽さんは住んでいるんですね」と呟いた。