プラチナー1st-
さわさわと人の話し声が聞こえるゆったりしたと店内の時間の中でグラスを傾けていると、ふとスマホの鳴る音がした。浜嶋が椅子に掛けていたジャケットからスマホを取り出し、確認している。…何時もこのくらいの時間になると、浜嶋のスマホが鳴る。きっと婚約者の浅羽雪乃(あさばゆきの)さんからだ。

「…松下、時間は?」

「ああ…、そろそろ帰らないと駄目ですね」

腕の時計を見てそう言う。本当は一人暮らしだから門限なんてないけど、浜嶋の前では良い子で居る。浜嶋に迷惑を掛けないことが、紗子の浜嶋とこうやって飲みに来ることの大前提だった。

浜嶋が残りのワインを飲み干した。紗子もオレンジジュースを飲んでしまう。

「じゃあ、帰るか」

「はい」

会計は何時も浜嶋が持つ。何時もご馳走さまです、と礼を言うと、頑張ってもらってるからな、と笑顔が返った。こういうことを嫌味なく出来るのも、浜嶋の凄いところだ。

ターミナル駅まで来ると、浜嶋は何時も路線が違うのに紗子の路線の改札まで見送ってくれる。だから名残惜しくも、浜嶋の目の前で浜嶋に背を向けなくてはならない。今日もそうだった。

「今日はありがとうございました」

「いやいや、こっちこそ。気を付けて帰れよ」

はい、と返事をして改札を潜る。階段の方まで歩を進めて振り返ると、やっぱり手を振ってる浜嶋の姿。

ぺこりとお辞儀をして、紗子は階段を下りた。もう浜嶋は見えない。紗子は大きなため息をついて、ホームの列に並んだ……。


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