これは僕と彼女の軌道
 テラスに移動し、お茶とお菓子が出された。

 テーブルと椅子は黒を基調とし、足は外側に渦を巻くようなデザイン。

 太陽の日差しが柔らかく入ってきた、中世のヨーロッパにタイムスリップした錯覚に陥る。

「お嬢さまが戻るまで、先に召し上がられても構いませんよ」

「はぁ…」

 今の精神状態では、とてもじゃないが食べ物が喉を通らない。曖昧に返答をする。

「私は少しばかり席を外しますが、ごゆっくり」

「え⁉」

 テラスに居るのは、僕と大川さんだけだ。この御屋敷に1人だけなんて、窮屈この上ない。ここに、風無さんが戻ってきたら、彼女の家で2人きりって、社会的に問題ではないだろうか。

 それに…

「あ、あの」

 今更だろうけど、ここは明確にしておきたい。

「この御屋敷は、彼女の家はいったい?」

「そういえば、まだ話していませんでしたね。この御屋敷は…」

 大川さんの話を要約すると。この御屋敷の所有者は、世界でもトップレベルの財閥・風無家現会長 風無  雅史(まさし)さんという方。風無 暦はその1人娘だそうだ。

 あの黒服やこの御屋敷を見るからに、何となくお金持ちなのはわかったけど、風無さんが世界トップレベルの大財閥の令嬢だなんて、知った途端に顔が青ざめてきた。

「旦那様は現在、海外で仕事をされており、普段は日本におりません」

「そうですか」

 現在屋敷の主人がここにいないという事実に、少し気が楽になった。ほんの一息に、出された紅茶を飲む。

「ですが、昨日から日本に戻ってきているそうで、もうすぐこの御屋敷に参られます」

 一瞬気が抜けた直後に、とんでもないことを聞かされたため、肝が潰れた思いをした。危うく、持っていたティーカップを落とすところ。

「折角ですので、会ってみますか?」

「いえいえ、僕のような庶民が、そんな人に会うのは、分不相応です。やはり、ここは帰らせて「久しぶりだな、大川」

 テラスにやってきたのは、風無さんではなく、父と同年代くらいの男性だった。

「旦那様、お帰りなさいませ」

 旦那様ってことは、風無さんの父親!

 もたもたしている内に来てしまった。どうすればいいのだろう?黙っているのも失礼だろう。かと言って、話す話題も考えつかない。

「申し訳ございません。玄関でお迎えできず」

「そんなこと気にするな。お前には、この屋敷の切り盛りで忙しいのだから。それより大川、この少年は?」

 怪訝な顔で、僕が誰なのか大川さんに尋ねている。自分の屋敷に見知らぬ男子高校生がいたから、不思議に思われたのだろう。

「暦お嬢さまの御学友の方です」

「そうか。はじめまして。私は暦の父親の風無 雅史。君の名前は?」

「喜録 歩です」

 表情を見るに、物腰柔らかそうな人だ。それでも、世界的トップの大企業の会長という高尚さに視線を合わせられず、目が泳いでいた。

「大川、しばらくこの少年と2人にしてくれないか?」

 衝撃的なことの連続に、僕の耳はいよいよ可笑しくなったのだろうか?
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