これは僕と彼女の軌道
 僕の苛立ちにも、周囲の目線にも風無さんは気づかないまま今日のホームルームが終わった。

 テスト期間中に溜まった仕事を今日中には終わらせたいなと考えていると、「ねぇねぇ、風無さん」と甲高い声で彼女に話しかける歩がいた。

 若干張り詰めていたクラスの空気をぶち壊す声は、僕の心にも憤慨を突き刺す。

「さっきの話の続きしようよ」

 中断した夏休みの予定のことだろうけど、風無さんは何のことだかわかっていない顔をしている。

「あー…」

 彼女の反応を見て、龍也は僕が話した記憶障害のことを思い出したようだ。聞いた限りでは実感できなかったが、彼女の態度を目の当たりしてようやく理解してきている。

「えっとね、夏休みの計画を立てている最中なんだけど、風無さんもどう?」

 龍也が改めて風無さんを遊びに誘う。

 彼女は返事をする前にノートを取り出して読み返す。

 学校だと僕以外の人の前で出したことがないのに。こんな些細なことでさえ僕の胸の内に苛立ちの生む。

 こんな些細なことで龍也を羨むなんて、自分でも馬鹿らしいと心の中でひとりごちていた。

「あっ、そっか元々誘われていたんだ」

「そうそう。話途中までだったからさ」

「忘れていて。ごめんね」

「いいって。歩から事情聞いているから」

 二人が楽し気に会話を進める姿がより腹立たしい。

 龍也、風無さんの事情を僕から聞いたことをお前が言うな。お前だから止むを得えず話したが、本来他人に気安く話していいことじゃないんだ。彼女に了承を得ず話した僕が悪いのだが、後で謝罪と弁解をするつもりだったのに、お前が先に言ったせいで僕の信用度が落ちるかもしれないだろ。

 自分の責任であるのに、龍也を僻んでしまう。龍也から風無さんを離したいという身勝手と勢いで、何の断りも無しに話してしまっが、龍也に釘を刺すなり、まず彼女に一言言うなりすればよかった。

 僕の葛藤を他所に彼女は何も気にした様子もなく、龍也との会話を楽しんでいた。

「風無さんってか、もう下の名前で呼んでいい?暦ちゃんって」

 何とか態度には表さなかった焦燥は、龍弥が彼女を下の名前を読んだことにより露わとなる。興味なさげに見えるように頬杖をついていた腕がガックと崩れる。

「いいよ。…ところで何で名前呼びになったんだけ?」

 早速彼女は、名前呼びするようになった経緯を忘れた。慣れない人間は一驚すらだろう。でも、安直な性格の龍也は「まぁまぁ、いいから。それより夏休みはやっぱり海がいいかな?」と歯牙にもかけない。

 再び彼女が「夏休みに海に行くの?」と尋ねるが、「うん、暦ちゃんもね」と既に決定付けた。

 これ以上2人が話している姿を見らのは耐えられそうにない。僕は静かに教室を出た。
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