これは僕と彼女の軌道
 辿り着いた海にはそれなりの人で賑わっている。

 龍也は砂浜から沖の方まで眺める。海から上がって来た風は塩辛い香りがする。

「流石は夏本番。みんな考えることは同じだなー」

「でも、海綺麗だねー」

 太陽の光を反射する海に、暦さんの目も輝いている。海よりも彼女の方が綺麗だなと自然に思ってしまう。いつの間にか彼女中心の思考回路に変換された自分はもうダメかもしれない。四六時中、暦さんのことで頭がいっぱいだ。

「それでは皆様。帰りの時間になりましたら迎えに来ますので、有意義な時間をお過ごしください」

「うん。ありがとう」

 僕らを送り届けたリムジンは走り去る。

「さて、レジャーシート敷く場所でも探そう」

「そしたら、着替えて海だな」

「あれ?何で海にいるんだっけ」

 暦さんはきょろきょろと周囲を見渡す。

「「…」」

 彼女が溢した言葉に僕らは黙する。

 しばらく会ってなかったからか、改めて実感した。彼女の背負っているものの残酷さを。

 海に行く計画を立てているとき、ウキウキとしていた。でも、それすらも彼女は忘れてしまう。

 龍也もようやく理解したようだ。滅多なことでは落ち込んだりしないのに、暗い表情をしている。

「暦ちゃん…」

 龍也は重くなった口を開き「今日は目いっぱい楽しもう!歩もいい1日にしような!」と声を張り上げる。

 龍也の言葉には前向きな思考が感じ取れた。彼女は様々なことを買われてしまうが、すべてを打ち忘れるわけではない。少しでも覚えていられるように、色濃い1日にしよう。

 僕も意気込んで「さあ、早くビーチへ行こう!」と暦さんを見つめた。

 少しぼんやりとした様子だったが、しばらくしたにっこりと笑う。

 その微笑みに愛おしいという感情が込み上げた。
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