これは僕と彼女の軌道

箱入り娘

 しばらくすると、暦さんが目を覚ました。

 それから時々休憩を挟みながら、海水浴を楽しんだ。

 龍也の体調を考えて早めに帰ることも考えたが、子どものようにただをこねて断念する。無駄に体力を使って、余計に体調が悪くなっては元も子もない。

 日射病にかかったのにはしゃぐ龍也と読めない行動をする暦さんの2人を見張っていたから、最終的に1番疲労が溜まったのは僕だった。

 日も沈み、帰る時間帯に差しかかった。

 帰り支度を考えていると、見計らったように暦さんの家の迎えがやってきた。

 今度は大川さんが運転をし、女性の使用人が同乗している。

 暦さんは女性の使用人に引きつられて更衣室へ向かった。更衣室内で記憶喪失を発症したときのために付き添いの人がいないといけないが、男性である僕らが女性更衣室に行くわけには行かないからね。

 僕らも男性の方の更衣室で着替える。

「はぁー…もっと海で泳ぎたかったなー」

 遊び足りないとぼやく龍也。

「送りのときは。移動費かからないし、電車で行くより早いし、広いリムジンで足を伸ばせて最高だと思ったけど。迎えが来たら絶対帰らなくちゃいけないのがなー」

「せっかく家まで届けてくれるんだぞ。文句言うんじゃない」

「はーい…」

 気のない返事をした龍也は着替えを鞄から出そうと、中を漁る。すると、赤を青くして焦りを見せる。

「あのー…歩さん」

「なに?改まって」

 龍也が僕にかしこまった態度で接するのは、何かお願いするときだ。

 だが、周りに声が聞こえないように気にしているのは珍しい。いつも勉強を教えて欲しいと懇願するときは傍目も気にせず、公言するのに。

「パンツの予備とかない?」

「はぁ…」

 思わず素っ頓狂な声が出た。まさかとは思うが、こいつ…

「変えの下着、忘れた?」

 僕の質問に龍也は無言で頷いた。

 きっと水着を下に着て、帰りの着替えのことを考えていなかったな。

 「どうしよう…」と嘆くが、多分大丈夫な気がする。

「鞄の底、よく探してみたら」

「え」

 龍也はやつれ顔で頭を上げると、鞄の底を確かめた。

「あった…」

 不可解そうな顔をするが、直ぐにメモのようなものも見つけ納得する。

『下着忘れてどうすんのよ!変えのやつ入れといたから、感謝しなさい。
by.薫希(たき)

「姉ちゃん、入れてくれたんだ」

 薫希というのは龍也のお姉さんだ。昔から龍也の面倒を見ているだけあって、こいつのやらかしそうなことは把握している。

 昔もこんなことがあった。小学校初めてのプール授業で、今回と全く同じように龍也が下着を忘れた。同様に薫希さんが秘密裏に変えの下着を入れといてくれていた。

 以前にも同じことがあったのに龍也が下着を忘れたことに驚いたのは、こいつが昔と全く変わっていなかったからだ。小学生のときに同じ過ちを何度も犯したのに、高校生になっても学習していない幼馴染に呆れ返る。

「薫希さんに感謝するんだぞ」

「おう。今日は姉ちゃんが女神に見える」

 いつもは横暴な姉だと言ってくるくせに、現金なやつ。

「さーて、さーて。着替えなくちゃ…ん?」

 狂喜から一変、眉をへの字にしてメモを更に読み込む。

『P.S.
今度、彼氏の誕生日だから、お礼としてプレゼント代をあんたの小遣いから差し引かせてもらったから。
小学生のときのように、無償でやってくれると思うな。』

 横からメモを覗き込むと、容赦ないことが書かれていた。

 読み終えた龍也は驚倒とする。

 期末テストのとき、赤点取ったら小遣いを没収されるからと僕に勉強を見てもらったのに、あんまり意味なかったな。

 結局お小遣いを減らされるという事実に、龍也は魂が抜けていた。
< 51 / 75 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop