これは僕と彼女の軌道
放心状態の龍也をなんとか着替えさせて、更衣室を後にする。
一悶着やっていた僕らより、暦さんの方が早く着替え終えていた。彼女はすでに車の中で目を瞑り寝息をたてている。
昼寝をしたのに、よく寝ていられるな。
僕らも乗り込み、車は走り出す。
龍也はさっきのメモのショックが大きくて、寝込んでいる。昼間の体調不良で本調子じゃないのも理由だろう。
起きているのは僕だけだった。正直、僕も疲れていて眠ってしまいたかったが、他人様の車の中で熟睡するなんて失礼極まらない。
それに、大川さんは面識があって物腰柔らかい人だからあまり緊張しないが、もう1人のいる女性の使用人は無愛想な人で目つきも鋭い。今も寝かけている龍也を凝視している。
この人の威圧感から、より寛ぐことが憚られる。
萎縮している僕の身兼ねたのか、運転をしながらも大川さんは「嘉録様も休まれて構いませんよ」と声をかけてくれた。
だが、申し訳ないがその行為を丁重にお断りする。
「ありがたいのですが、他人様の車の中で寝るのは不作法ですし、1人がそんな失礼なことをしているのに僕までするわけにはいきません」
「気にしなくて構いませんよ。それに、先にこちらが喜録様に失礼なことをしてしまいましたから」
なんのことかと思ったが、直ぐに初めて暦さんの家に連れていかれる直前にSPの人に取り押さえられたことだと察した。
「以前誤ってうちのSPが喜録様に無礼なことをしたこともそうですが、実は本日隠れて皆様のことを監視していました」
「‼︎」
知らぬ間に今日のことを見られていたことに驚いたが、思考を整理してそれほどでもなくなった。
そもそも、暦さんには常に発信機と盗聴器を所持している。一緒にいれば必然的に僕とのやり取りは知れ渡っているし、承知の上で彼女との付き合いを続けている。
やれてないやつなら納得いかないだろうが、浅薄な龍也もあまり気にしないはずだ。
「気にしないでください。財閥のお嬢様を様子を把握するのはおかしくないですし、暦さんの障害のことを考えると一時も目を離すわけにはいきませんから」
SPなしで海を満喫したいっていう彼女の要望により、この形を取ったのだろう。表面上SRがいない体を装えば、彼女は信じるだろうから。
「いえ、お嬢様の護衛もありますが、本来の目的は喜録様を試すためです」
「僕を試す?」
「はい。喜録様が本当にお嬢様の良き友人かどうかを」
大川さんは語り続ける。
過去に暦さんの障害や家の事情を知った友人たちのほとんどは、障害のことで蔑み、金持ちなのをいいことに取り入ろうとしたらしい。
その度に傷つく彼女だったが、そのことも忘れてまた傷つくの繰り返しだったと。
「だから、お嬢様にはなるべく学校では1人で過ごしなさいと言いつけていました。そうすれば、他者から傷つけられることはないですから。ですが、喜録様はお嬢様の障害のことを気にせず、風無の令嬢だというのに友人として接してくれた。だけど、従前のことを考えると、1度試す必要があると考えたのです。我々が近くにいない風を装えば、本性を表すのではないかと」
最後に彼は「私どもの杞憂でした。本当に申し訳ない」と謝罪する。
「謝らないでください。財閥の令嬢となんの取り柄もないただのクラスメイトが一緒にいたら、なにが裏があるんじゃないかと思うのは当たり前です」
それに、僕が彼女に対する恋慕は、ある意味彼女と一緒にいることに裏の理由と言える。
「本当に分をわきまえてほしいですよね」
抑揚のない声。それは同乗している使用人の女性から聞こえた。
「七瀬!」
大川さんが嗜めてくれるが、「運転中に余所見をしたら危ないですよ」といなされた。
「いいですか。お嬢様があなたに構っているのはただの気まぐれ。直ぐにあなたのことなんて忘れ去られますよ」
この使用人の人は僕のことを嫌っている。あからさまに向けられる悪意に、僕も腹が立つ。
「すみません。喜録様。七瀬はお嬢様が幼少のころからの世話かがりで、お嬢様のことになると周りが見えないところがあるんです。本当に重ね重ね申し訳ない」
謝罪を続ける大川さんに、同僚の失態まで謝ってやはり社会人は不条理なこともあるなと関係ないことを考えていた。
「喜録様。無礼を働いてお願いができる立場ではありませんが、お嬢様はあなたを気に入っております。これからも度々、当屋敷に来ていただけませんか?」
最後に暦さんの家に訪れたのは、夏休み前だ。彼女への好意に気づいてから、その人の家にいると心が休まらない。だから、少し避けていた。
「はい。もちろんです」
大川さんをはじめとした、使用人の人たちは暦さんを心の底から重んじている。
そこから来る誠意を、心休まらないという理由で断るのは薄情だ。
七瀬さんも彼女を大切にしているから、一般人の僕が彼女に関わることを認められないのだろう。
財閥の令嬢であるということに関係なく、周りの人たちは暦さんを大切にしていることを思い知らされた。
一悶着やっていた僕らより、暦さんの方が早く着替え終えていた。彼女はすでに車の中で目を瞑り寝息をたてている。
昼寝をしたのに、よく寝ていられるな。
僕らも乗り込み、車は走り出す。
龍也はさっきのメモのショックが大きくて、寝込んでいる。昼間の体調不良で本調子じゃないのも理由だろう。
起きているのは僕だけだった。正直、僕も疲れていて眠ってしまいたかったが、他人様の車の中で熟睡するなんて失礼極まらない。
それに、大川さんは面識があって物腰柔らかい人だからあまり緊張しないが、もう1人のいる女性の使用人は無愛想な人で目つきも鋭い。今も寝かけている龍也を凝視している。
この人の威圧感から、より寛ぐことが憚られる。
萎縮している僕の身兼ねたのか、運転をしながらも大川さんは「嘉録様も休まれて構いませんよ」と声をかけてくれた。
だが、申し訳ないがその行為を丁重にお断りする。
「ありがたいのですが、他人様の車の中で寝るのは不作法ですし、1人がそんな失礼なことをしているのに僕までするわけにはいきません」
「気にしなくて構いませんよ。それに、先にこちらが喜録様に失礼なことをしてしまいましたから」
なんのことかと思ったが、直ぐに初めて暦さんの家に連れていかれる直前にSPの人に取り押さえられたことだと察した。
「以前誤ってうちのSPが喜録様に無礼なことをしたこともそうですが、実は本日隠れて皆様のことを監視していました」
「‼︎」
知らぬ間に今日のことを見られていたことに驚いたが、思考を整理してそれほどでもなくなった。
そもそも、暦さんには常に発信機と盗聴器を所持している。一緒にいれば必然的に僕とのやり取りは知れ渡っているし、承知の上で彼女との付き合いを続けている。
やれてないやつなら納得いかないだろうが、浅薄な龍也もあまり気にしないはずだ。
「気にしないでください。財閥のお嬢様を様子を把握するのはおかしくないですし、暦さんの障害のことを考えると一時も目を離すわけにはいきませんから」
SPなしで海を満喫したいっていう彼女の要望により、この形を取ったのだろう。表面上SRがいない体を装えば、彼女は信じるだろうから。
「いえ、お嬢様の護衛もありますが、本来の目的は喜録様を試すためです」
「僕を試す?」
「はい。喜録様が本当にお嬢様の良き友人かどうかを」
大川さんは語り続ける。
過去に暦さんの障害や家の事情を知った友人たちのほとんどは、障害のことで蔑み、金持ちなのをいいことに取り入ろうとしたらしい。
その度に傷つく彼女だったが、そのことも忘れてまた傷つくの繰り返しだったと。
「だから、お嬢様にはなるべく学校では1人で過ごしなさいと言いつけていました。そうすれば、他者から傷つけられることはないですから。ですが、喜録様はお嬢様の障害のことを気にせず、風無の令嬢だというのに友人として接してくれた。だけど、従前のことを考えると、1度試す必要があると考えたのです。我々が近くにいない風を装えば、本性を表すのではないかと」
最後に彼は「私どもの杞憂でした。本当に申し訳ない」と謝罪する。
「謝らないでください。財閥の令嬢となんの取り柄もないただのクラスメイトが一緒にいたら、なにが裏があるんじゃないかと思うのは当たり前です」
それに、僕が彼女に対する恋慕は、ある意味彼女と一緒にいることに裏の理由と言える。
「本当に分をわきまえてほしいですよね」
抑揚のない声。それは同乗している使用人の女性から聞こえた。
「七瀬!」
大川さんが嗜めてくれるが、「運転中に余所見をしたら危ないですよ」といなされた。
「いいですか。お嬢様があなたに構っているのはただの気まぐれ。直ぐにあなたのことなんて忘れ去られますよ」
この使用人の人は僕のことを嫌っている。あからさまに向けられる悪意に、僕も腹が立つ。
「すみません。喜録様。七瀬はお嬢様が幼少のころからの世話かがりで、お嬢様のことになると周りが見えないところがあるんです。本当に重ね重ね申し訳ない」
謝罪を続ける大川さんに、同僚の失態まで謝ってやはり社会人は不条理なこともあるなと関係ないことを考えていた。
「喜録様。無礼を働いてお願いができる立場ではありませんが、お嬢様はあなたを気に入っております。これからも度々、当屋敷に来ていただけませんか?」
最後に暦さんの家に訪れたのは、夏休み前だ。彼女への好意に気づいてから、その人の家にいると心が休まらない。だから、少し避けていた。
「はい。もちろんです」
大川さんをはじめとした、使用人の人たちは暦さんを心の底から重んじている。
そこから来る誠意を、心休まらないという理由で断るのは薄情だ。
七瀬さんも彼女を大切にしているから、一般人の僕が彼女に関わることを認められないのだろう。
財閥の令嬢であるということに関係なく、周りの人たちは暦さんを大切にしていることを思い知らされた。