これは僕と彼女の軌道
 空は完全に暗くなっている。

 あとは暦さんたちが来るのを待つばかりだ。

 しばらくすると、先にやってきたのは薫希さんだった。浴衣は赤の花柄で帯は黄色。好きな色や派手好きなのは姉弟一緒だが、薫希さんの方はセンスが断然良い。

「ちょっと、もう少しセンスの良いの選ばなかったの。龍柄の浴衣に鱗模様って。名前に龍が入っているからって、どんだけ龍推しなの」

「そんなに批判するなよ」

 2人が軽い口喧嘩をしている間に、暦さんがやってきた。水色の生地に白い百合の花。帯は優しめの黄色。髪まで結い上げて、今日は一段と上品だ。思わずため息を吐いてしまう。

「みんなも浴衣着て。どうしたの?」

 戸惑う暦さんに僕らは意気込んで「今日は花火大会をするよ」と買ってきた花火の入った袋を見せ付けた。

「えっ!ここで!花火してもいいの!」

 やってもいいのかわからなくて不安げに大川さんへ振り返るが、「存分に楽しんでください」と言われ、花火みたいに弾けるような笑顔を見せた。

 僕は何故だかこの笑顔は本心からだと思えた。僕も嬉しくなって、流行る気持ちで花火を梱包している袋を破る。

「そんな急ぐなよ。花火は逃げないぞ」

 そそくさと始めそうな雰囲気に、龍也も慌てて花火の準備をする。

 大量の花火を1箇所に並べ、水の入ったバケツと蝋燭を大川さんから受け取る。

「じゃあ、まず私から」

 早速、薫希さんが手持ち花火に火つけた。

「わー、綺麗。テンション上がっちゃうな」

「姉ちゃん。振り回すな危ない」

 騒いでいる龍也たちを傍目に、僕も花火に火をつけた。

 最近の花火って持ちが良くて綺麗だと思っていたら、「花火の火、ちょうだい」と暦さんが寄ってきた。ドキッとした拍子に花火を落としそうになって冷や汗をかく。

「あっ、ついた」

 パチパチ光る花火に照らされる暦さんに目が行き、花火には目もくれなくなっていた。淡い光が彼女をより魅力的に見せ、心までもが疎かになる。

 ふと我に返り、煩悩を振り払おうと再び花火に目を凝らす。

 告白しないと再度決意したばかりなのに、自分は何処に目をやっているんだと自嘲する。

 みんな意気揚々と花火を手にする。初対面で挨拶するのも忘れていたのに、暦さんと薫希さんも打ち解けていた。暦さんが薫希さんのことを覚えるにはまだ時間がかかりそうだが、思えば彼女には女友だちがいない。男性である僕らより、同じ女性の方が話しやすいことがあるだろう。暦さんに心許せる相手が増えることは嬉しいが、寂しくもあった。

 段々と花火が減っていき、大詰めの打ち上げ花火に差しかかる。

 始まる前にお手洗いへ行こうと、一旦屋敷の中へ戻った。
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