Romantic Mistake!
真っ先に颯介さんが「えっ?」と戸惑いの声をもらした。ここで守ってもらってばかりいたら、矢面の彼に批判が集中してしまう。それなら思いきって、私がすべての恥をかいた方がいいだろう。どうせ私はこれっきりなのだ。
颯介さんの手から離れ、ゆっくりとピアノに近づき、椅子を引いて待っている従業員に会釈をした。ちらりと見えた小野さんは真っ青になっている。颯介さんも「麻織さん」と阻もうするが、私は彼の制止に首を横に振った。
いつの間にか会場の全員がこちらを見つめ、シンと静まり返る。私は覚悟を決めて一礼してから椅子に座り、ペダルに足を、鍵盤に手を置いた。もう一度、深呼吸をする。
ここまできたら、勇気を出すのよ、麻織ーー。
最初の音を静かに鳴らし、私はそこからゆっくりと、曲を奏で始めた。
「……これは……」
流れるメロディーに、会場の人がコソコソと曲名を当て始める。
バッハ、『主よ人の望みの喜びよ』。
スローテンポで単調なメロディーは、この会場を包み込むように滑らかに響き渡る。私が弾ける編曲の難易度は低いが、奏者がゆっくりと心を込めて弾くことで、聴く人を癒し、感動を与える曲だ。