キス、涙々。
「やお?」
「っ、ハギく」
一心不乱に廊下を走っていたわたしの手を誰かがつかんだ。
とっさにつかんでしまった、といったように驚いているその人は
「……か、がやくん」
「八尾。お前、なんで泣いて……」
わたしは加賀屋くんを見上げようとして、すぐに顔を伏せた。
ただ首を横に振るだけで、なにから話したらいいかわからない。
というよりも……
いまのわたしに、誰かと話せる勇気はなかった。
「っごめんなさい」
「あ、おい!……八尾!」
どこに向かっているのか自分でもわからない。
それでも一人になりたくて、わたしは彼の腕を振り切った。
後ろから聞こえてくる加賀屋くんの声も聞こえないフリをして。
ただ駆け抜ける廊下の硬い音だけが、いつまでもわたしを追いかけてきていた。