キス、涙々。
母さんの様子がおかしいことに気づいたのは、父さんの10回忌を迎えた頃だった。
俺がちょうど中学校に上がったとき。
『ねえ、朝ごはんはパンとオムレツでいいよね?』
『え……うん。別にいいけど』
いままで朝食といえば和食だったのに、その日はなぜか洋食だった。
キッチンで朝ごはんを準備している母さんは鼻歌を歌っていた。
父さんが死んでから心療内科に通い、家でもたまに癇癪を起こしていた、あの母さんが。
どうしたの、も。調子が良さそうだね、も。
なにかいいことがあったの、も。
ぜんぶ聞けなかった。
そうさせないなにかが、そのときの母さんから伝わってきた。
『はい、コーヒー。熱いから気を付けてね』
『え? 俺、コーヒーまだ飲めな……』
ぎゅっと手を握られる。
その手があまりにも冷たく、顔をあげた俺の目に飛び込んできたのは。
『今日もお仕事がんばってね、ツバキくん』
まるで10年前に戻ったかのような母さんの笑みだった。