キス、涙々。




ヤオの手はあたたかかったけど、ちいさく震えていた。


いまにも泣きそうにしているけど、それは涙に変わることもなく。


ただじっと俺の目を見つめていた。



さくらくん、なんて。

ヤオの口からはじめて聞いた。


その小さな口で紡がれるたった3文字の言葉が、なぜか俺の胸にじわじわと広がっていく。



ぽたり、と。

まるで水に絵の具を垂らしたみたいだった。

乾ききっていた俺の心にゆっくり、でも確実に染みこんでいく。



「お父さんがどうするかじゃない、お母さんがどうしてほしいかじゃない。ハギくんが考えないといけないのは、もっと別のこと」


ヤオはそこでいったん言葉を切った。

気持ちを整えるように、深く深呼吸をして。



「ハギくんがどうしたいか、なんだよ。だって、ハギくんの人生はほかの誰のものでもない、ハギくんの人生なんだから」



俺の、人生……


そんなものとっくの昔になくしたと思っていた。


母さんはきっと父さんが生き返るなら、俺の命も喜んで差し出す。

だから俺は自ら進んで自分の命を、人生を差し出した。


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