キス、涙々。
どくんと心臓が嫌な音を立てた。
話していた通りだ。
……この人はハギくんのことを“ツバキ”さんだと思いこんでいる。
「あ、の……」
なんとか振り絞った声はか弱くて、届きすらしなかったと思う。
ハギくんはなにも言わなかった。
そこになにか、いつもと違うものを感じたんだろう。
ハギくんのお母さんはかわいらしく、まるで少女のように小首をかしげた。
「どうしたの?ツバキくん……ねえ、その女の人は誰?」
初めてわたしに目が向けられた。
恋敵に向けるような、すこしキツい視線だった。
「わたしは、…さくらくんの友だちです」
言った瞬間、強かった視線がふっと失われる。
「そう」
たったそれだけの反応。
さくら、という人が誰かわかっているはずなのに。
それ以上なにかを言われることもなく、ハギくんのお母さんはハギくんの手をとった。
「そんなことより、はやく家に帰りましょう。今日はツバキくんの好きなビーフシチュー……」
「そ、そんなことじゃありませんっ!!」
気づいたら大きな声を出していた。