キス、涙々。


お母さんが掴んでいる側とは逆の腕をつかむ。

まるでおもちゃの取り合いをしている子供みたいだな、と一瞬だけ思った。


突然大きな声を出したわたしに、ハギくんはびっくりしていた。

お母さんだけがうつろな瞳でわたしを見つめてくる。



「ハギくんのことは、そんなことじゃありません……」


家に帰りたくない、と言ったときのハギくんの苦しそうな顔。

ふたりで逃げたいとまでハギくんは言った。


そこまで追い詰められていたんだ。



「ハギくんはっ……さくらくんは、ツバキさんじゃありません」


ハギくんのお母さんが耳を塞ごうとする。

わたしはそれを必死で引き留めた。


たぶん、いつもこうして目をそらしてきたんだ。

お母さんも、そしてハギくんも。


このままじゃなにも変わらない。


ハギくんはずっとしんどいまま、自分を偽って生きていかなきゃいけない。



「ちゃんと、見てあげてください。目をそらさないで」

「いや……」


「いま、あなたの目の前にいるのはさくらくんです……お母さん」


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