キス、涙々。


「おい待て。なんで泣く」

「え、で、出てる?」

「滝のように出てるよ。自覚ないのかそれ」


「……わたしてっきり、加賀屋くんに嫌われてるかと思ってた」

「はあ?俺があんたを?」



からん、と。

なにかかたいものが地面に落ちる、乾いた音が耳に届いた。


それでも地面にはなにもなくて、きっとわたしの心に刺さっていたものなんだと思う。


ここにあったナイフが、なんの拍子かぽろっと抜け落ちたようで。





「別にあんたのことは嫌いじゃねーよ。好きでもないけど」

「ありがとう」


「……でも、まあ」



それまで孫悟空の緊箍児(きんこじ)のような役割をしていた指が、すっと離れていった。


かわりに、目の横に手を添えられる。
溢れるものを掬うみたいに。




「いつもこうやって上向いてんのは、いいと思う」


< 54 / 253 >

この作品をシェア

pagetop