キス、涙々。
足音の持ち主────ハギくんは、わたしに気づくことなく廊下を進んでいく。
生徒指導室にいたからか、その服装はしっかり整えられている。
しばらくして、わたしはそろりと立ち上がった。
「あの……先生」
「ん?ああ……八尾か。どうかしたか?」
ハギくんの去ったほうをみつめていた先生は、どこかうわの空だった。
もどかしいような顔をして、わたしの手から委員の用紙を受けとる。
聞いてもいいのかな、とすこし悩む。
「ハギくん、進路迷ってるんですか?」
それでも聞いてしまったわたしに、先生は驚いた顔をした。
まさか聞いていたなんて思わなかったんだろう。
「そう、だな。……いや、本人はもう迷ってないみたいだが、」
蒲池先生がこんなにも言いよどんでいるところを見るのは初めてだった。
ハギくんはもう迷っていない、
そういう先生のほうが迷っているみたいに。