千歌夏様‥あなたにだけです。〜専属執事のタロくん〜
ドクン‥‥‥

え‥
なんだろう‥この感じ‥

その瞬間‥遠くから騒がしい声がする。

「お嬢様〜!!どこですか!お嬢様!!」

その声に彼女の肩がビクッと跳ねた。

「‥お嬢様‥って?」

「私‥‥今からバイオリンのレッスンなんだけど‥緊張して‥お兄様達は何でも上手にできるのに‥だから‥逃げてしまったの‥」

そう言って彼女は、涙を拭いて俺を見た。

そうか‥彼女は、ここのお嬢様‥。

俺と違って何でも持っている‥。

俺は彼女から離れようとして立ち上がる。

「‥俺‥行くから‥」

そう言って彼女に背を向けた。

もう‥会うこともない。

歩き出したその時‥か細い声が追いかけてきた。

「‥あ、あの‥」

「‥‥‥え」

「‥背中‥さすってくれてありがとう‥初めて‥だったから‥嬉しかった‥」

「初めて‥?」

お嬢様なのに?

「うん‥私‥ずっと一人だから‥」

一人‥彼女が?

「そんなわけ‥ないだろ‥」

そう言うと俺は走りだした。

茂みを出ると使用人達が彼女を探していた。

ほら‥

居なくなっただけでこんなに騒いで‥

「‥ほんとに、どこに行ったんだか‥」

「バイオリンのレッスンに間に合わなかったら私達が叱られるっていうのに‥忙しいのに迷惑だわ」

「そうよ‥旦那様達が見放す訳よね‥お兄様達は、ご立派なのにねぇ‥
それにあの容姿‥あの女にそっくり‥。」

「ダメよ!あの女の事を口にしては‥
無かった事になっているのだから‥」

「そうだったわ‥つい‥言ってしまいそうだったわ」

「所詮‥卑しい娘だわ」

あの女?

そう言って使用人達は茂みの方に入って行った。

彼女の震える肩‥

小さな背中‥

こんなに沢山の使用人がいて探しているのに‥

誰一人として‥

彼女の心配をする人間は、いない‥。

”私‥ずっと一人だから‥“

涙で濡らした瞳‥

気づいたら‥俺は走り出していた。





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