冷徹旦那様との懐妊事情~御曹司は最愛妻への情欲を我慢できない~
仕事中は忘れていられる自分の家庭環境を思い出し、気持ちが沈んだ。
(……帰りたくないな)
奈月にとって家庭は温かな憩いの場ではなく、冷たく気を抜けないところだった。
常に気を遣い、嫌なことが起きるのを前提として、心に防御壁を作っている。
それは子供の頃からの習性だ。そうしなければ暮らして来られなかったから。
地下鉄に乗り十五分。奈月の暮らす家は都内の高級住宅街と言われる地域にある。
区画の中でも大きめな土地に建つ日本家屋。和倉の表札が掲げられた屋敷は奈月の祖父母が建てたものだ。
奈月は十歳になる前に両親を事故で亡くし祖父母に引き取られ、以降この屋敷で暮らしている。
この窮屈で憂鬱な場所で。
引き取られた当初はまだ良かった。両親を失った悲しみはなかなか癒えなかったけれど、祖父母が親身になって支えてくれていたから。けれど今は……。
引き戸の扉を開く直前、気持ちがずしりと重くなる。吐き出すように深く息を吐いてから家に入り誰も出迎えない広く寒々した玄関で靴を脱いだ。
そのまま一番北の端にある自分の部屋に向かう。意図的に隔離されたような位置の私室はシンとしていて、日中でも日当たりが悪いせいかどこか寂れた雰囲気が漂っていた。