その背は美しく燃えている【中編】
 言った。言ってしまった。名状しがたい後悔が身を駆け巡る。

 この作品はとても良い。私の美術部員のプライドをかけてそう豪語する。けれど私は私のために、作品を貶したのだ。そんなの最低だ。


 彼女はしばらく何も言わなかった。そしてなぜか、子供のように笑ってみせた。いつもの馬鹿にしたような、脅迫するような、謙遜を偽った薄笑いを浮かべている人とはまるで思えない笑顔だった。



「そっちの先輩の方が好きです」



 彼女が使っているのは日本語のはずなのに、まるで聞いたこともない言語や世界を繰り出されたようだった。はてなが頭上に浮かぶ私に彼女はいっそう笑みを深める。



「なんだか先輩、おとなしいふりして、何にも言わないんですもん。心の中じゃ絶対ただならぬこと考えてるのに」


「え……?」


「まぁ、謙虚なふりする私が言えたことじゃないですけど。それよりこの絵のことなんですけど、正直私の柄じゃないっていうか、先輩の言ってること正しいんですよね。だから描き直します。それと、向日葵を使うなら絶対先輩の方が良いの描けると思うので、私のこの絵、参考にしても良いですよ」



 未だかつて聞いたこともない速さで言い切った彼女は、少年のように快活に笑って白い歯を見せびらかす。収束の見込みのない混乱が起こった。箱詰めして理解しようとしても、箱に入り切らない混乱具合である。

 そんな私を見かねてか、彼女は向日葵が描かれたキャンバスをイーゼルから外し、私に差し出す。



「これはもう先輩のです。好きに使ってください」


「でも、これを描いたのは……」


「いいじゃないですか。私は先輩からアドバイスを貰った。先輩は私からキャンバスを得た。どちらも同じ価値です」



 強引にキャンバスを私に押し付けた。私の手から滑り落ちていき、鈍い音を立てて着地する。

 私は、彼女のこんな一面を初めて見た。生意気で、ただひたむきに美術が好きだと語る瞳だけがそこにはあった。嘲笑が滲む謙虚さに隠した本性の方が、ずっと素敵だと思う。もしかしたら彼女が私に対して言っているのは、こういう事なのかもしれない。
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