その背は美しく燃えている【中編】

狂う




 その夜、佐野は電話のベルで飛び起きた。暗闇の中、音を頼りに携帯を探す。枕元で一瞬指先が液晶に触れたが、光の浮かぶ端が、手からつるりとした斜面を虚無の領域に向けて滑り落ちてしまった。鈍い音を立てて床とぶつかったそれを緩慢な動作で拾う。深い眠りについていたこともあって、少々の腹立ちまぎれに、叩きつけるように受話器を取る。



「佐野です」



 いつもより平たい声になってしまい、申し訳なさから眠気が遠のいていく。けれどスピーカーから相手の音は聞こえなかった。しばらく何も言わずに携帯にじっと耳を当ててみる。寒さのせいで冷えた画面は耳を冷やし、佐野は知らずのうちに携帯を握る手に力を込めていた。でも何秒かそんな状態が続いてあとで、まるで発作の高まりのように、声は聞こえた。



「助けて」



 それは紛れもなく凪の声だった。今にも折れてしまいそうな細っこい声だった。佐野は電話を出た時に発信源を確認しなかったことを後悔する。そして同時に、最近元気だった凪の突然の変化に、下っ腹から上へ上へと湧き上がってくる焦燥感を感じる。



「どうした?」



 当たり障りのない単語を放ってみた。凪は先程の発言を皮切りに、自分を支えていた柱が瓦解したようで、嗚咽している。落ち着いてと、動揺しかしていない佐野が言う。それでもいくらかマシだったのか、凪の呼吸は時計の針が動く毎に緩やかなものへと変化していった。



「昨日から冬休み入ったでしょ。でね、ついさっきクラスメイトとデパートで鉢合わせたの。それでさ馬鹿だよね。私、声かけてみようって思って、それで、話しかけたの。そしたらあいつら、私と話したらばい菌うつるんだって、言って。お前と同じ空気吸いたくないって。……お前なんかいない方が良いんだ、って」
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