その背は美しく燃えている【中編】
全身の皮膚を破るような血が立った。怒りの心は口を押し開けて、笛のような息とともに外にあふれる。気持ちを抑えようと、カーテンを開けて窓の外を見た。一月を迎えようとする青森の上には、しんしんと冷えた夜空が豪華な星に彩られ、幻想的な色を帯びた月のステージが出来上がっていた。思わず目を逸らしたくなるほど純粋で眩い。
空を見たところで逆効果だった。どんなに落ち着こうとしても、脳味噌がぐっちゃぐちゃなせいで堂々巡りしか出来ない。大切な人が傷ついている。それでこんなにも胸が痛いのだから、愛しいはめんどくさい。けれど決して手放せやしないから、佐野は通話を切ることはせず、ただただ凪が壊れてしまわないように祈るのだ。
「私、海になりたい」
唐突な願いだった。佐野はたじろぐ。
「ほら、苗字が海辺だからさ。やっぱり苗字負けみたいなのやじゃん」
きっとそれは取ってつけた理由に過ぎなかった。もっと言葉にするのが憚れるような理由を凪は持っているに違いない。しかしそれを問うのは野暮だから、佐野は餅を飲み込むように頷く。
凪の息を飲む音が聞こえる。張り切った綱が切れたように、突如として凪は泣き出した。けれどそれは笑っているようでもあった。数度、彼女は首を縦に振った。首を振っている気配が電話口から伝わってきた。その仕草に、佐野はひどく嫌な予感がした。凪に遠回しの死の気配が漂っている。嵐の前の天気のように、淡々と。
「じゃあね」
「凪!」
今、電話を切ったらだめだ。並々ならぬ決意が佐野を突き動かす。凪は微笑んだ。そして間をおかずに彼女は電話を切った。一方的に切られた時の、無機質な音と共に、室内の静けさはくっきりと輪郭を持って押し寄せてきた。夜更けに染まりきれていない色。大人になりきれない佐野たちの色。それは確かな青だった。
空を見たところで逆効果だった。どんなに落ち着こうとしても、脳味噌がぐっちゃぐちゃなせいで堂々巡りしか出来ない。大切な人が傷ついている。それでこんなにも胸が痛いのだから、愛しいはめんどくさい。けれど決して手放せやしないから、佐野は通話を切ることはせず、ただただ凪が壊れてしまわないように祈るのだ。
「私、海になりたい」
唐突な願いだった。佐野はたじろぐ。
「ほら、苗字が海辺だからさ。やっぱり苗字負けみたいなのやじゃん」
きっとそれは取ってつけた理由に過ぎなかった。もっと言葉にするのが憚れるような理由を凪は持っているに違いない。しかしそれを問うのは野暮だから、佐野は餅を飲み込むように頷く。
凪の息を飲む音が聞こえる。張り切った綱が切れたように、突如として凪は泣き出した。けれどそれは笑っているようでもあった。数度、彼女は首を縦に振った。首を振っている気配が電話口から伝わってきた。その仕草に、佐野はひどく嫌な予感がした。凪に遠回しの死の気配が漂っている。嵐の前の天気のように、淡々と。
「じゃあね」
「凪!」
今、電話を切ったらだめだ。並々ならぬ決意が佐野を突き動かす。凪は微笑んだ。そして間をおかずに彼女は電話を切った。一方的に切られた時の、無機質な音と共に、室内の静けさはくっきりと輪郭を持って押し寄せてきた。夜更けに染まりきれていない色。大人になりきれない佐野たちの色。それは確かな青だった。