その背は美しく燃えている【中編】
 このところ佐野や鈴木が所属するバレーボール部の活動が上手くいっておらず、何度も挫けそうになっている。足元から蔦が絡みついてくるのだ。その度に引き剥がそうと躍起になるが、たまに、どうしようもなく立ち止まりたくなる。諦めと抵抗の狭間で揺れる佐野に、少女は良く似ていた。



「……俺は、佐野。佐野晴人。一年」



 気づいたらそんな自己紹介をしていた。完全に口をついて出たもので、思わず口元を手で覆う。少女もその黒色の瞳を大きく開ける。しかし次の瞬間には花がほころぶような笑みを浮かべていた。



「私は、海辺凪(うみべなぎ)。凪でいいよ」


「悪魔……?」



 歯が浮くような非現実的な単語に、言っている佐野が恥ずかしくなる。誤魔化すように首筋を掻いていると、少女が憂いを帯びた瞳で佐野を見つめていることに気づいた。話の途中であったことを思い出し、視線でどうだと問う。



「うん。私は悪魔。人の才能を盗んで、自分のものにするの」



 怒りも哀しみもない、感情が凪いだような目が宙を泳いだ。そうして教室の隅に着地する。そこには前回美術室に来た時には無かった、大きなキャンバスがあった。

 盛りが過ぎて、花びらが後退している向日葵が無数に咲いていた。豊かな黄の中に混ぜた、物哀しさが、右上から左下に流れていく金絵具のドロッピングとなって風景に現れている。それなのに気丈であろうと、空は雲一つない青だ。端的に言えば青空と向日葵の絵だというのに、佐野には強烈な輝きを放っているように見えた。繊細なタッチに潜む荒さというものに、世の中の一部を垣間見た。

 あまりにも魅入ってしまっていて、いつのまにか絵の近くまで近寄っていたことに気がつかなかった。凪は佐野の背後に突っ立っており、もしかしてずっと気が済むのを待っていてくれたのかなと、少し申し訳なく思う。



「あれは……えっと、凪さんのかな?」



 言って、後悔した。噂によればこの絵が盗んだ作品ということもある。むしろ彼女の表情からしてその可能性が非常に高い。佐野は頭を抱えたくなった。自らの失態で、万が一命が狙われたら、いったいどうしろと。
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