その背は美しく燃えている【中編】
ぼやけた輪郭の苛立ちを持て余し、佐野は凪の手首を握った。柔く細っこいそれは、確かな温もりを宿している。生きている。凪は驚きに目を開いて佐野を見る。その時、佐野は明白に凪の意識が始めて完全に自分の元に置かれたことを理解し、この上ない喜びを感じた。
「うん、そうだね。見てるね」
凪の視線は声の平坦さとは裏腹に、明らかな感情を含んで佐野に注がれる。その表情が見ている佐野が苦しくなるほど悲壮に歪むので、何かまずいことを言ってしまったのかと凪の手首を握る力を強める。
「なぁ、教えて欲しいんだ凪さん。一体なんで、そんな……」
辛そうにその絵を見ているの。言葉が口の中で弾けた。この質問は、凪にとって優しくない。無意識にそう判断した佐野の脳は、正しい微笑を貼り付け、当たり障りのない言葉を探す。
「こっから見る月は綺麗だね」
かつての偉人が躊躇いもなく発した告白文が、本人の意思を置き去りにして、すこーんと薄ら寒い教室に直立する。
凪が雷に打たれたような、呆気にとられた不思議な顔をする。やっと、佐野は自分がしでかしたとんでもない事に気がついた。どうすればいいのかよくわからなくて、身体の奥の方から心臓の鼓動が鈍い音を立てて、頭の中も痺れて、太ももで行儀よく並んでいる自分の手元が見えなくて。
「えーっと、今のは……告白?」
「なんだろ、当たり障りのない事言おうとして、突然出てきたっていうか。……ごめんな、忘れていいよ」
顔に熱が集まっているのがよく分かった。凪の瞳は真意を探そうと佐野の瞳を見つめるが、そうはさせまいと、僅かに俯く。
感情が一人走りを続けている。自分でも理解し難いものがむくむくと成長しているのが分かる。佐野は、胸いっぱいの感情を吐き出すように、床に向かって大きく息を吸い込む。そうして感じる。彼女の息遣い、青く染まる教室、隙間に揺蕩う言葉に表せない言葉。そのすべてを。
「……知りたいんだと思う。ああに言ったのは、ほんとに無意識なんだけど、多分その中には、凪さんのことを知りたいっていう感情があるから出た言葉なんじゃねぇかな」
佐野のことなのに、他人の伝言を伝えるような言い方だった。凪の顔が見れなくて未だに下を俯いたまま。
彼女の息をのむ音が大きく響いた。いっそう室内は冷え込み、身体を縮こまらせる。
「うん、そうだね。見てるね」
凪の視線は声の平坦さとは裏腹に、明らかな感情を含んで佐野に注がれる。その表情が見ている佐野が苦しくなるほど悲壮に歪むので、何かまずいことを言ってしまったのかと凪の手首を握る力を強める。
「なぁ、教えて欲しいんだ凪さん。一体なんで、そんな……」
辛そうにその絵を見ているの。言葉が口の中で弾けた。この質問は、凪にとって優しくない。無意識にそう判断した佐野の脳は、正しい微笑を貼り付け、当たり障りのない言葉を探す。
「こっから見る月は綺麗だね」
かつての偉人が躊躇いもなく発した告白文が、本人の意思を置き去りにして、すこーんと薄ら寒い教室に直立する。
凪が雷に打たれたような、呆気にとられた不思議な顔をする。やっと、佐野は自分がしでかしたとんでもない事に気がついた。どうすればいいのかよくわからなくて、身体の奥の方から心臓の鼓動が鈍い音を立てて、頭の中も痺れて、太ももで行儀よく並んでいる自分の手元が見えなくて。
「えーっと、今のは……告白?」
「なんだろ、当たり障りのない事言おうとして、突然出てきたっていうか。……ごめんな、忘れていいよ」
顔に熱が集まっているのがよく分かった。凪の瞳は真意を探そうと佐野の瞳を見つめるが、そうはさせまいと、僅かに俯く。
感情が一人走りを続けている。自分でも理解し難いものがむくむくと成長しているのが分かる。佐野は、胸いっぱいの感情を吐き出すように、床に向かって大きく息を吸い込む。そうして感じる。彼女の息遣い、青く染まる教室、隙間に揺蕩う言葉に表せない言葉。そのすべてを。
「……知りたいんだと思う。ああに言ったのは、ほんとに無意識なんだけど、多分その中には、凪さんのことを知りたいっていう感情があるから出た言葉なんじゃねぇかな」
佐野のことなのに、他人の伝言を伝えるような言い方だった。凪の顔が見れなくて未だに下を俯いたまま。
彼女の息をのむ音が大きく響いた。いっそう室内は冷え込み、身体を縮こまらせる。