狼くん、ふれるなキケン!


よく見ないとわからないほどで、見過ごしてしまうところだった。唇の端が切れたように赤くにじんでいる。


血の赤。




「消毒します……!」

「これくらい、舐めときゃ治る」

「だっ、だめですよっ」

「だいたいひなだって────」




何か言いかけて、狼くんがはっとしたように言葉をとめる。

そこで今度は私がはっとした。




“舐めときゃ治る” ではないけれど、“放っとけば治る” って私も思ったんだっけ。



昨日、完全にひとりきりで料理するのは、はじめてだった。

不器用が祟って、皮むきしている最中に包丁をすべらせてゆびさきについた傷。



些細な怪我だったから、放っておいても大丈夫だと思って、そのままにしておいたのだけれど────不思議なことに、朝目ざめたら丁寧に絆創膏が巻いてあったの。



摩訶不思議なこともあるんだな、鶴の恩返し的な……? なんて勝手に思いこんでいたけれど、もしかして、あれは……。




ほとんど確信に近い感触を胸に、ちらりと狼くんの表情をうかがう。やっぱり、ぜったい、狼くんだと思う。


だけどきっと聞いたって「気のせい」だって否定されるんだから。




優しいか、優しくないか、わかんないな。
でも……やっぱり、優しいよね。



丁寧に貼ってあった絆創膏を思いかえす。
それが、なによりの証拠。



ずいぶん変わってしまったようにも見えるけれど、ようやく実感できた気がする。


狼くんは、狼くんのままだ。




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