呉服屋王子と練り切り姫

二人きりの部屋で……?

 私が着物を畳んでいると、奥のふすまをさっと開いて甚八さんが顔を覗かせた。

「お前は触るな、皺になる」

 甚八さんのその声にぴくっとして両手を上げると、甚八さんは私の目の前から着物をさっと奪った。そして、それを持って奥のふすまの向こうへ消えた。
 私が追いかけると、甚八さんは着物を掛けているところだった。大きな体で大きな手で、優しくかけられる着物。その繊細な手つきに私は目を奪われた。メガネの向こうに見える、真剣なまなざし。それはまるで、何かを愛でるように時折細められる。着物を掛け終えた甚八さんは振り返り、私に「何?」と視線を投げかけた。

「あ、あの、洋服ありがとうございました。助かりました……」
「まぁ、連れだしたの俺だしな。苦しかったんだろ、あんまり食べてなかったから。慣れない着物ずっと着てりゃ誰だってそうなる」
「甚八さん……」
「悪かったな。外出るときはさっき見立ててもらった浴衣着てけ。ゲーン夫妻もその方が喜ぶだろ。この中に居る時は、それ着てていいから」
「うん、……ありがとう」

 甚八さんは首の辺りに手を当てると、「とりあえず茶でも飲むか」と居間に戻った。私は慌てて急須を手に取った。

「お前、こういうのは慣れてんだな」
「仕事柄、お客様にお茶をお出しすることもあるので」
「ふうん」

 彼は私の淹れたお茶を、ズズッと音をたててすすった。
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