呉服屋王子と練り切り姫
「ニセモノ?」
「ああ、キミ、甚八のフィアンセなんだろ? ニセモノの」

 どうしてそれを、と言おうとしたことで、彼は視線で私を射抜いた。その悪戯な視線にどきっと胸が悲鳴を上げる。

「どうして知ってるかって? ゲーン夫妻が言っていたんだ、甚八のフィアンセが可愛いって。でも、甚八からはそんな報告一切受けてない。ってことは、ニセモノ。それか、他に何か言えない事情があるか、だ」

 東丸宮社長は私を舐めるように見る。

「確かに、可愛らしいよね、モナカちゃん」

 それは甚八さんに向けられた言葉。

「それには同意出来かねる。そもそも、よだれ垂らして寝るような奴だ」
「甚八さんっ!」
「へぇ、甚八は彼女の寝顔を知ってるんだ……まぁいいや、本題なんだけど」

 東丸宮社長は私に向き直ると、真剣な眼差しで私の瞳を覗き込んだ。

「キミ、僕の所へ来ないか? 幸運の女神様?」
「はい?」
「キミは我が社の幸運の女神様だから。僕の隣にいてほしいんだ。公私ともども、ね」

 私は思わず甚八さんを見上げた。彼は私に見向きもしない。

「いいと思う。庶民には考えられないほど、贅沢な暮らしを送らせてもらえるぞ」

 甚八さんはそう言った。甚八さんには私なんか必要ないんだ。そう思うと、苦しくなった。
 ちょうど、彼の部屋も大方綺麗に片付いてきたところだ。甚八さんも最初からこのつもりで私をここに連れて来たに違いない。
 私は心の痛みを隠すように、東丸宮社長の元でお世話になることにした。
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