呉服屋王子と練り切り姫
「あんた誰だか知らねぇけど、愛果に触れるな!」

 それは、将太君だった。

「ええ~、マイスイートエンジェルに触れられないなんて、僕困っちゃうなぁ~」
「だいたい、マイスイートエンジェルってなんだよ……キモイな。アンタ、ストーカーか何かか?」
「ストーカー!? 愛果が最近疲れてるのってそのせいじゃないの!?」
「ああ、愛果は僕のことで頭を悩ませていたのかい? それは嬉しいね、キミの頭の中は僕でいっぱいってことだろう?」

 なんだかもう言い返せる雰囲気ではなくなってしまった。玲那はこそこそとどこかへ電話しようとし始める。あーもう!

「いい加減にして!」と叫ぼうと息を思いっきり吸い込んだけど、私が叫ぶより早く男性の低い声が店先から響いた。

「いい加減にしろ」

 店中の皆が、一瞬固まる。一番に声を発したのは玲那だった。

「甚八お兄様!」

 甚八さんははぁ、と溜息をついた。

「お前らのせいで、不審者だなんだってテナント中が大騒ぎ。だいたいこんな店先で騒動おこすなよ、あんたらの店だけならまだしも俺の店まで変ないわくつけられたらたまったもんじゃない」
「はは、甚八。ごめんごめん」

 陽臣さんは甚八さんの方に向き直った。

「兄さんはやり方が下手なんだよ。昔からそうだ」
「まぁまぁ、甚八。仕方ないなぁ、騒いじゃったのは事実だし」

 陽臣さんは店内に目を向けると、ショーケースを覗き込んだ。そして、玲那にウインクを飛ばした。

「オネエサン、ここにある和菓子、ぜーんぶちょうだい? それで、おあいこ。ね?」
「……は、はい、ただいま」

 全員がぽかんとしていた。その隙をついて、陽臣さんは私の肩を抱き寄せた。

「あと、愛果借りていくね。よろしく~☆」

 なぜか私は結局陽臣さんに肩を抱かれたまま、鶴亀総本家から東丸宮商事まで連行されてしまったのだった。
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