呉服屋王子と練り切り姫

拉致されフィアンセとはこれいかに

 なぜ、こうなった。
 私は今、重厚な着物に身を包み、厳戒態勢を敷かれたショッピングモール屋上の日本庭園内にある、茶室に座っている。
 隣には、ニコニコしながらも正座を崩さず背筋をのばしてピンと座るブロンドの髪の年配のご夫婦。そして私の左手前で、お茶を点てる甚八さん。

 それは、今からたった30分前のことだ。

「アンタ、茶室の心得は?」
「そんなの知りません!」

 なぜか畳の部屋に上げられ、従業員らしき女性陣に着物を着せられていたところ、障子の向こうから飛んできたその声に私は怒鳴り返した。

「茶道の経験は?」
「ここに配属される前の研修で触った程度です!」
「はぁ……まぁ、全くの初心者ってわけじゃないだけマシか」

 そう言う間に、ぐっと帯を締めあげられる。着付けが終わると、10分ほどでヘアメイクを施され、何が何だか分からぬうちにこの茶室へと連れてこられた。そして、5分ほどの茶道のレクチャーを受けたと思ったら、甚八さんはすっと立ち上がり私の腰を抱いたのだ。

「Welcome to my tea room, Mr.Gene ?」
「ニホンゴでハナシテ? ワタシ、ニホンゴダイスキ!」
「それは大変失礼いたしました、Mr.ゲーン」
「ゲーンサン、とヨンデクレ」
「奥様も日本語で?」
「エエ、ワタシもニホンダイスキ! アエテウレシイワ、ジンパチ!」

 どうやらこの方々が超VIPのお客様らしい。私は甚八さんに腰を抱かれたまま、事のいきさつを見守るしかない。

「ソチラノカワイイオジョウサンは、ジンパチノフィアンセ?」
「ええ、まぁ、大切な人です」

 甚八さんは私も初めて見るような満面の笑みで私を抱く手の力を強めた。
 ええ、ちょっと、大切な人って何よ!
 怒りのボルテージがマックスを超えたのに、ニコニコと笑みを浮かべることしかできない自分を恨んだ。
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