呉服屋王子と練り切り姫
 こちらを振り返った彼は、メガネの向こうでとても寂しそうに瞳を揺らしていた。私が立ち止まると、将太君は私の手をぎゅっと握った。

「お前には、やっぱりこの若造が良く似合うな。兄さん選ぶよりはいい趣味してると思う」

 そう言ってほほ笑む甚八さんがとても悲しく見えたからなのか。
 どういうわけか、私は将太君に握られた手を振りほどいて、再び背を向け歩き出そうとする彼の手首を掴んでいた。甚八さんはそれを振りほどこうとしたけれど、私はその手を必死に掴んだまま離さない。

「お前……」
「行かないで」
「嫌だ」
「お願いです」
「俺、帰るから」
「私も一緒に帰ります」
「あんたは兄さんのとこだろ」
「いいんです」
「若造ほったらかしでいいのか?」
「私は甚八さんがいいんです」
「俺にはいらない」
「それでも、私は甚八さんがいいんです!」

 例え彼が私の思っていた彼でないとしても、私の料理をおいしいと言って食べてくれた、あの笑顔は本物だと信じたい。
 少なくとも、甚八さんの姿を見たらそんなことどうでもよくなって、衝動的に動いてしまうくらい、私は……

「甚八さんが好きなんです!」

 言い切ってからはっと顔を上げると、甚八さんは頬を赤く染めたまま立ちつくしていた。
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