呉服屋王子と練り切り姫
「靴下は、玄関で脱がないでください」

 玄関先の靴下を拾い上げると、甚八さんはそれを私の手からさっと奪い取る。

「靴を脱いだら靴下も脱ぎたくなるんだ、仕方ないだろう」
「じゃあそのまま洗濯機に入れればいいじゃないですか!」
「洗濯機はあっち、俺の寝室はこっち」
「じゃあお風呂入るついでに持って行ってください。とにかくここに置かない!」

 私ははあ、と溜息をつくと甚八さんを睨んだ。

「どうして一緒に居たときはできていたのに、ほんの数日私がいなかっただけでこうなるんですか!」
「それは、お前がいなかったからだろ」

 その一言に、トクンと心臓の跳ねる音が聞こえた。

「わ、私が居なくたって、ちゃんとしてくださいよ、私が居た意味ないじゃないですか!」
「じゃあ、お前はずっとここにいればいい」

 甚八さんは涼しい顔で下駄を脱ぎ揃えると、部屋の奥へ入っていく。甚八さんの一言が、ここにいていい……いや、ここにいて欲しい、というように聞こえたのは、私の思い違いだろうか。
 私は熱をあげた頬を隠すように、甚八さんの後を追い、足の踏み場を探しながらそそくさと自室へ向かうのだった。
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