嫌わないでよ青谷くん!
 気休めに肩を回そうと手を宙に上げて後ろに回す。そこで、指先が誰かの身体を掠める感触がした。直子は素っ頓狂な声を出して勢いよく後ろを向き、有り余った勢いを殺せなかった反動でよろよろと後ろによろめく。視線を上に向けた先に、相変わらず無表情の青谷がつっ立っていた。



「あっ……ご、ごめん」



 昨日の今日でなんと反応していいのか分からず、素早く視線を青谷から外して距離をとった。直子の行動の不審さに芽衣と類が訝しむ。しかしそれらすべてを掻き消すように、青谷は直子に一歩近づいた。逸らされた視線の先を追われて強制的に目が合う。



「おはよう山崎さん」



 息を、呑む。レンズが絞られるように青谷の背後に写る全てのものが霞んで見えてしまう。深い驚きに飲み込まれないよう大きく息を吐き出して、直子も挨拶をする。



「おはよ青谷」



 少し声が震えたかもしれない。けれど青谷はそんな事気にもならないようで、けろりとした顔の奥に小匙いっぱいの喜色を浮かべたあと、何事もなかったかのように自分の席に向かっていった。


 一瞬の出来事であったが、どんな長い講義よりも意味のある一瞬で、直子は思わず感動のため息を漏らす。そのまま感慨に耽っていると、芽衣に肩を勢いよく掴まれた。困惑に眉を寄せている。



「何、何があったの……⁉ 険悪な感じだったよね⁉ どうしたの頭のネジ外れた? 類みたいになるよ?」


「おい! いちいちオレを引き合いにだすなや」


「煩いな」


「キャラ崩れとるで芽衣」



 混乱するのも無理はない。

 直子はどう説明しようかと様々な引き出しを引いたり閉まったりしたが、どうにもいい物が見つからない。頭を抱えたくなる衝動を抑え、脳味噌を手でこねくり回すも、全く効果がない。結局、いつもと同じように笑顔を貼りつけて武装するしかなかった。
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