嫌わないでよ青谷くん!
毒舌だね青谷くん!
「まじか」
青谷との話す機会は、そう遠くない未来に訪れた。
類が所属しているサッカー部の練習試合を芽衣と観に行った帰り、ふと学校に忘れ物をしているのに気づき、クラスに立ち寄った時だった。教室の中、ただ一人で黙々とシャーペンを走らせる青谷がいたのだ。扉が開く音も聞こえないくらい集中しているのか、こちらを一瞥もしない。
二人だけの空間で無言で入るのも気不味く、致し方なし、と直子は自分を奮い立たせ、教室と廊下を仕切るレールを跨いだ。ゴムと床が擦れ、絞るような音が響く。
「……やっほー青谷」
シャーペンを置いて顔を上げる。無表情であった青谷は、直子を見た瞬間「げ」という感情を滲ませてきた。
「どうしたの。山崎さん部活入らなそうなのにこんな遅いなんて、先生にでも呼び出しくらってたわけ?」
言葉の節々に棘を感じる。どうにも縮まりそうもない距離のまま話すのも億劫なので、直子はそれとなく否定して足早に自分のロッカーへと向かう。鍵を外して開けたロッカーの中は、凄惨な状態であった。
プリント、プリント、教科書、プリント。ミルフィーユのように重なった書類は絶妙な均衡によって保たれており、触れたら崩れてしまいそうである。直子は青谷に気づかれないよう息を吐いた。この中から御目当ての物を探すなど、狂気の沙汰である。
いくら絶望したところで現状は変わらないので、仕方なく右手で書類の山を押さえ、左手で物と物の間を縫って忘れ物を探す。しばらくそうしていると、指先に固体が引っかかる感覚があった。五指を使って形を確かめる。エナメル質の生地。中央の花の窪み。間違いない、筆箱である。
直子は、普段、お弁当以外のものはロッカーに押し込んで帰っているのだが、今日ばかりはそういかなかった。
明日提出の課題についてすっかり忘れていた直子は、見学の帰りに芽衣に課題が終わったかと問われ、そこで初めて自分が手をつけていないことに気がついたのだ。課題は家にあるが、筆箱は普段通りロッカーに詰め込まれている。これはいけないと思い、学校に戻ってきた次第である。