極上の餌
「できますよ……」
真っすぐな眼差しに、俺も反らさず見つめ返す。
「書けます……。なぜなら、小説を書いている時、自分とは違う別人になっているからです。今は三本を同時進行で書いていますから、僕は数時間ごとに三人の他人の、そして自分自身の人生を生きているんです」
頭の中には花火大会のシーンを思い出し、あの時は、これが作家なんだ。と痛感した瞬間だった。
込み上げるものもあったが、あの時の感覚をさらりと言ってみせた。
「分かりました。ありがとうございました」
彼女もさらりとそれを受け入れる。
「よろしいですか?」
吉田の問いに彼女は頷いて見せた。
ハプニングと言えば「黒ストッキングタイツ」発言程度で、他は無難に終えていよいよトークショーは本当に終了した。
吉田の使い古されたような常套句で終演を告げ、「広橋文也」はステージから脇のドアへと向かう。
ご婦人方には父譲りの落ち着いた笑みを見せ、チラリと横目では人数に紛れて見失ってしまいそうな彼女を必死で目で追いながら。
ようやく見つけたあの子。
もう離さない。